「ブルータスお前もか」は「総領の甚六」の表れ

トヨタの2024年3月期の決算は、売上高約45兆円、営業利益約5.4兆円というエクセレントな数字でした。営業利益率も10%を超えていますから、儲けることが下手と言われる日本企業の範疇を超えています。このトヨタの総帥が豊田章男会長であり、この業績だけを見ると日本一の経営者ということになります。しかし経済界から豊田会長を日本一の経営者という声は聞こえてきません。それはどこか坊ちゃんのような風貌であり、話す内容が抽象的なことが多いためだと思われます。トヨタの社員は約7万人であり、世界中の関連企業の従業員を含めると約37万人になると言われています。豊田会長の話(メッセージ)の一番の対象は、これら約37万人の社員ですから、話が彼らに伝わりやすい内容になるのは当然と言えます。

確かに豊田会長の話は、面白い例え話を用いて分かり易いのです。例えば、豊田会長はマスコミ嫌いで、多くの経営者が喜んで取材を受ける日本経済新聞の取材さえ受けません。その代わりにインターネット放送局「トヨタイムズ」の視聴拡大に力を入れています。この理由について2010年6月11日に開かれたトヨタの定時株主総会の壇上、豊田社長が唐突に次のような話をしています。

「話は長くなりますが、ロバを連れている老夫婦の話をさせていただきたい」

「ロバを連れながら、夫婦二人が一緒に歩いていると、こう言われます。
『ロバがいるのに乗らないのか?』と。

また、ご主人がロバに乗って、奥様が歩いていると、こう言われるそうです。『威張った旦那だ』。

奥様がロバに乗って、ご主人が歩いていると、こう言われるそうです。『あの旦那さんは奥さんに頭が上がらない』。

夫婦揃ってロバに乗っていると、こう言われるそうです。『ロバがかわいそうだ』。

要は『言論の自由』という名のもとに、何をやっても批判されるということだと思います。

最近のメディアを見ておりますと『何がニュースかは自分たちが決める』という傲慢さを感じずにはいられません」

もう1つ紹介すると、

「フランスの3軒の歯医者さんの話を紹介します。1軒目の歯医者さんは『世界一の歯医者』と看板を出しました。2軒目は『フランス一の歯医者』を出した。3軒目は、何といって出したか。『この町いちばんの歯医者』と看板を出した。その町の人たちにとって、どの歯医者が一番信頼されたか。(むろん、3番目ですね)トヨタも同じ。トータルの販売台数をどれだけ宣伝しても、お客様は何も嬉しくない。トヨタの各事業体が、その町で一番信頼される会社、工場になることが最も望ましい」

これらの話を豊田会長(社長)からされたら、その場に集まった従業員や株主は思わず納得します。こんな話を中小企業の社長がしたら、具体性がなくダメ社長の烙印を押されてしまいます。従業員数約37万人を誇るトヨタの会長(社長)だからふさわしい(許される)話のような気がします。

豊田会長はトヨタ自動車創業家の直系長子であり、早くから将来はトヨタの社長になる人として育てられてきたようです。豊田家のお坊ちゃまですから、厳しい家庭環境で育った人と比べるとお人好しで頼りなく周りの人からはよく「総領の甚六」と影口を言われたようです。しかしこれが大トヨタの社長としては嵌まったように思われます。

そんな中今回トヨタで認証不正が明らかになった記者会見で、豊田会長は“『ブルータスお前もか』という感じだ”と述べたということです。この発言に違和感を持った人は多かったようで、ネットでは「豊田会長最大の失言」という指摘もあります。この言葉は腹心に裏切られた際に使われる言葉ですが、腹心が誰を指すのかが良くわかりません。豊田会長は日野やダイハツで認証不正が発覚した際に「トヨタでは起こりえないことだ」と述べていましたから、トヨタでもあったことを知らされた時のショックは想像に難くありません。認証不正はTPS(トヨタ製造システム)のように見える化が進んだ業務ではなく、担当者数人が口裏を合わせれば不正が発覚しない業務であることから、「トヨタでは起こりえない」とは断言できない性質のものでした。これは豊田会長が断言したのは、豊田会長の性善説思想が影響していると思われます。

それにこれには最近の豊田社長の独善的役員人事が原因となっていると言うこともできます。それは2020年に副社長・専務を廃止し、実質的にそれまで副社長が務めてきた番頭がいなくなったことです(番頭職を設けたが形式的)。かつ豊田社長の下執行役員21人がフラットに並ぶ体制にしましたから、豊田社長の目となり耳となって現場をチェックする人がいなくなってしまいました。豊田社長もこのことに気付き2022年には副社長を復活させていますが、一度断たれた番頭制(おれが番頭だと言う自覚)が簡単に戻るとは思われません。トヨタ認証不正にはこのような豊田会長の失策も背景にあると考えられます。それを棚に置いた『ブルータスお前もか』という言葉は、豊田会長の「総領の甚六」の一面が表れたもののように思われます。