山で転落しそうになった時、目の前に居た女性の機転の行動
2年くらい前、九重山系の大船山(1,786m)に登ったときの出来事です。頂上まで行って帰りの事でした。頂上から少し下った段原という休憩ポイントを少し下った登山道での出来事でした。そこは人一人がやっと通れる坂の登山道で、右側は傾斜のある山の斜面、左側は岩の断崖になっていました。私が下りて行こうとするその道の先には5人くらいの人が登って来ていました。適度な間隔があったので、私はすれ違えると思い、進むことにしました。先ず男性の若者とは問題なくすれ違えました。その後ろにいた60代後半の男性ともすれ違えました。次にいたその男性の奥さんと思える女性とすれ違う場所で問題がおきました。そこは幅が一段と狭くなっており、すれ違うのが難しくなっていました。その際、左の崖側に40、50㎝幅の少し盛り上がったスペースがあるのに気づきました。それでもそのすぐ下は崖ですから、そこに身を寄せる気にはなれなかったのですが、そこに直系30㎝くらいで両足がすっぽり入る穴があり、その傍に高さ1.5mくらいで枝幅80㎝くらいの立派な深山霧島の木があったのです。あの穴に入れば危険も軽減するし、もしバランスが崩れた場合でも深山霧島の幹を掴めば転落は防げると考えました。そこで、背中が崖側になるようにして両足でその穴に飛び込みました。その瞬間、私の体は背中から崖側に大きく傾いたのです。それを見た先程すれ違った60代後半の男性が「危ない!」と大きな声で叫びました。なんと飛び込んだ穴の底が崖側に大きく傾斜していたのです。私はとっさに左側にあった深山霧島の幹に手を伸ばしました。ところが何と幹がないのです。深山霧島は高山の強風や雪の重さに耐えられるよう細い枝をたくさん分岐させた樹形になっていたのです。そのとき「あ!しまった。」と思いました。枝は掴めましたが、まるで紐を掴んでいるようで、崖側に大きく傾いた体の重心を戻すことはできません。崖下を見ると、岩が垂直に切れ落ちており、底部まで20mくらいあります。岩の斜面には2m間隔くらいで横に亀裂が走っており、その亀裂にぽつぽつと深山霧島などの木が生えています。底部は緑の木の屋根になっていました。このまま真っすぐ落ちたら、運よく木の屋根に引っかかって大けがで済むか、木の下の岩や地面に叩きつけられればたぶん死ぬなと思いました。ならば岩の斜面を腹ばいに落ちて、亀裂に生えている深山霧島などを掴めば墜落の衝撃を緩められるかも、とも考えました。この間30秒くらいだと思います。何とか体を反転して登山道に戻ろうとしたのですが、体の重心が崖側に傾いているのと足元が崖側へ傾斜していることから、無理でした。その間、私の前の登山道には5人くらいの人がいたのですが、誰も助けに来ませんでした。「え、何故助けにきてくれないの?」と一瞬思いましたが、私の体の重心が崖側に傾き、転落するのは時間の問題という状況で、手を差し伸べようなら、手を掴まれ一緒に転落するのがおちだから、当然の行動だなと直ぐ考え直しました。私も人を道ずれにすることだけはやめようと決心しました。
私は60代の女性とすれ違おうとして崖側に避けたわけですから、転落しそうになってもがいている私の目の前には、その女性がいたのですが、その女性の様子は全く意識にありません。そして深山霧島の枝を掴んで踏ん張っていられるのもあと少しだなと思っていたとき、目の前の女性がある機転の利いた行動をとったのです。これはクイズの問題にしたいくらいの行動でした。その女性は、腰元でステッキの根元をしっかり持ち、「はい!」と言ってそのステッキの先端を私の方に突き出したのです。私は「ああ、なるほど。この人賢いな。」と思いました。この方法なら、引きずり込まれそうになったらステッキを手放せばよい訳で、道ずれになることはありません。私は「ありがとうございます。決して道連れにはしませんからね。」と心で言って、引きずり込まない意志を示すため、ゆっくりと右手をステッキの根元近くまで伸ばし、しっかりと掴みました。その瞬間女性はぐいとステッキを引き、私の体は登山道に戻ることができました。この間1、2分の出来事だと思います。私はその女性に2,3度お礼を言い、何事もなかったように降りて行きました。周りの人の顔は見ていません。私は、失敗からたくさん学ぶタイプですが、登山は私のようなタイプには向かないと思い、その後1000mを超える山に登るのは止めました。これまで2回あの時は死んでいてもおかしくなったという経験をしていますが、そのうちの1つです。