「おもてなし」はご利益のないお題目

海外からの観光客が増加し、今年は3,000万人を突破しそうな勢いです。外国人観光客のもたらす経済効果を考えると大変喜ばしい限りです。

外国人観光客が目に見えて増加し始めたのはここ4,5年だと思いますが、これとともに「おもてなし」という言葉を盛んに聞くようになりました。「おもてなし」と言う言葉は、古くから日本にあった言葉で、誰かを自宅に招いた際や旅館に宿泊する際などに、心からもてなす習慣を言ったものです。大体が豪華な飲食を伴いました。従って、本来旅行者向けに使われる言葉ではないと思われます。

この「おもてなし」の言葉が流行ったのは、2013年9月7日にアルゼンチンのブエノスアイレスで行われた東京オリンピック招致プレゼにおいてアンバサダーを務めていた滝川クリステルさんが東京(日本)の良さとして「おもてなし」を挙げたことが原因だと思われます。そこから「おもてなし」という言葉が流行語のようになり、このころから外国人観光客が目に見えて増加したことから、「おもてなし」がその要因のように言われる風潮があるように思います。

しかし、「ちょっとまって」です。先ほど述べたように、日本では、「おもてなし」という言葉は普段と違う特別な待遇を意味しています。しかし、日本人が外国人旅行者に対して特別な待遇をしているわけではありません。宿泊するホテルや旅館でも外国人向けに特別な接遇をしているわけではないし、飲食店でも特別外国人向けメニューを作っているわけでもありません。気持ちの面でも外国人だから特別ということもないと思います。

外国人観光客が日本の旅館に泊まれば、着物を着た女性が玄関まで出迎え、帰るときは玄関で見送る、料理は部屋で日本料理のコースが出てくるなど珍しい体験かも知れませんが、別に外国人観光客向けに特別なことをしているわけではありません。単に日本流の接客・サービスをやっているだけであり、取立てて「おもてなし」という言葉を使う必要はないのです。

もし「おもてなし」という言葉を使うのならば、その具体的内容を考えて使った方がよいと思います。外国人観光客に対する「おもてなし」とは具体的にどういう行為をさすのでしょうか?これにしっかりと答えられる人はいないのではないかと思います。要するに「おもてなし」と言う言葉は、仏教のお題目のような言葉となっており、観光業に携わる人たちを思考停止状態にしています。このままでは、いずれ外国人観光客が減少に転じたとき、「おもてなし」が外国人観光客の増加とは関係なかったことが判明し、あたふたするのは確実です。

日本の良さは、例えば町にごみが落ちていないところであり、電車やバスが時刻通り動くところであり、景観が変化に富んでいるところであり、現代的な街が多いなかで古くからの街並みも保存されていることなどです。人で言えば、多くの人たちが善良であり、良くルールを守り、危害を加えられる恐れがないことです。

日本人としては、これらの良さをそのままで外国人観光客と接すればよいわけで、取り立てて「おもてなし」のような特別のことを行う必要はないのです。

現在日本の都市では、自宅に招く場合でも特別なことはしないようになってきていると思います。招かれた人に心理的負担を架けたくないし、お返しをするような事態を避けるためです。田舎ではまだ都会に出ている子供が家族連れで帰郷した場合などに盛大にもてなす習慣が残っていますが、もてなされる方としては「こんなことしなくてよいのに」と思う人が多いと思います。

具体的中身のない「おもてなし」と言う言葉は、そろそろ終わりにして、今後は外国人観光客にどのように接したら何回も来てもらえるようになるか、具体的に考えた方がよいと思います。