ゴーン事件、特捜部ではなく日経が暴くべきだった
ゴーン事件が混迷を深めています。本来なら東京地検特捜部(以下特捜部)が手掛ける事件は、国民の拍手喝采を浴びることが多いのですが、ゴーン逮捕は、時間が経てば経つほど、「特捜部の暴走では?」という感じが強くなっています。
先ず、特捜部は、有価証券報告書への役員報酬の虚偽記載、金融商品取引法違反で逮捕しましたが、これには、「こんな軽微な罪で日産再建の功労者であり、世界的な経営者でもあるゴーンを逮捕するか」という声が海外ばかりでなく日本からも起こりました。そもそも記載すべきだったというゴーンの年間報酬約20億円は、国際的水準に照らすと妥当なものであり、これによって損害を被った人は誰もいません。従って、被害者の告発もないのに、いきなり逮捕というのはあり得ないことです。
昨年12月20日には特捜部からの2回目の勾留延長申請が東京地方裁判所から却下されるという前代未聞の事態が生じました。日本の司法は旧態的という国際批判の高まりに対し、裁判所としては「特捜部と一緒にしないで」と言いたかったものと思われます。「これで、ゴーン釈放」と思っていたら、特捜部は、釈放予定日にゴーンを特別背任容疑で再々逮捕しました。逮捕当初から、有価証券虚偽記載は別件逮捕であり、本命は巨額の脱税か特別背任だろうということは、法曹関係者の間で語られていたことです。これについても、漏れ来る情報によると、逮捕できる容疑ではなかったとも思えてきます。特別背任の内容は、こうです。2008年9月のリーマンショック発生後、ゴーンが個人会社で行っていたデリバティブ取引で約18億円の損失が生じ、取引銀行は担保の差し入れを求めてきました。これをゴーンが嫌ったため、当該デリバティブ取引を信用力のある日産に付け替えることを考えたようです(銀行の提案かもしれません)。付け替えるためには、日産取締役会の承認が必要となりますが、普通に事情を明かせば取締役会が承認するはずがありません。そこでゴーンは、外国人取締役の報酬受け取り全般の問題としてデリバティブ取引を行うことにして、取締役会の承認をとったようです(取引銀行は承認の瑕疵に気づいていたはずです)。そして当該デリバティブ取引を日産に付け替えました。特捜部はこれを持って特別背任が成立していると言っているようです。一方ゴーンは、その後当該取引はゴーンの個人会社に戻しており、日産に損害は生じていないから、特別背任にはならないと抗弁しています。経済事件の場合、損害の発生が前提であり、ゴーンの抗弁も一理あります。少なくとも逮捕するような背任事件ではありません。特捜部は、ゴーンの個人会社に戻した後に行われたゴーンの支払いも特別背任に当たると言っています。それは、当該デリバティブ取引を日産からゴーンの個人会社に戻す際には、当然担保の差し入れが必要となりますが、サウジアラビヤ在住のゴーンの友人(友人の会社?)が保証を付けたため、可能となったということです。その後、この友人の会社に対してゴーンの指示で日産の子会社を通じ約16億円の支払いがなされているため、この支払いは保証料や謝礼であり、個人の損失の処理に日産の資金を使っているから、これが特別背任に当たるというわけです。これに対してゴーンは、当該支払いは、日産に関するトラブルの処理やロビー活動の報酬であり、言われるようなゴーンのデリバティブ取引に絡んだ保証料や謝礼ではない、と抗弁しています。この支払いで注目すべきは、資金はゴーンが自由に使える予備費、いわゆる機密費から支出されていることです。この使途は、日産取締役会の承認のもとゴーンに一任されているわけで、この支出については日産社内で問題になりようがないということです。従って、それが賄賂とか犯罪行為に使われるものでない限り、社外、即ち特捜部であっても問題にできないことになります。
例え、この支払が疑われている通りだったとしても、それは先ず日産社内で対処する(ゴーンに返済させる、ゴーンを役員から解任する)ことであり、その上刑事罰を求める必要があると日産取締役会が考えれば、日産の告発を待って、特捜部が動くのが筋です。今回のゴーン逮捕は、この手順を経ておらず、極めて異常な行動と言えます。このため、ゴーン逮捕は、今年の6月から使えるようになった司法取引を使う絶好の事案だったことから、特捜部が前のめりになったためとも考えられます。
経済犯罪については、損害の発生が前提であり、そして当事者間で経済的に解決することが優先します。損失が発生していない、または損失が軽微であるのに、正義を振りかざして刑事罰を問うものではありません。ここが今回のゴーン逮捕に対して、多くの経済界の人が抱く違和感だと思われます。
ゴーンは、日産の会長であり、親会社ルノーの会長であったことから、今回のゴーンに関する疑惑は、日産社内で解決することは不可能だったと思われます。こういう事例は、日本の相当数の企業で見られます。今後このような場合には、すべて特捜部が乗り出すかというと、そんなことは、特捜部は考えていないと思われます。では、日産の場合どうしたら良かったのか?日本経済新聞(日経)が暴けばよかったのです。日経は、企業情報を発信することを通して、日本の多くの企業や経営者と懇意にしています。ゴーンは日経で何回も取り上げましたし、系列のテレビ東京の日経ビジネスサテライトにも何回も出演しています。一部では企業の御用新聞とも言われる日経ですが、今回のようなケースでは、日経が日産の有志から情報提供を受けて記事にし、浄化作用の手助けをするということがあってよかったのではないでしょうか。ゴーン事件は、特捜部が介入するのではなく、日経が暴く事件だったように思います。