地検特捜部、非常設組織にした方が良い
東京地検特捜部(以下特捜部)のゴーン逮捕には、多くの経営者や会社員が疑問を持っていると思います。逮捕容疑は、罰金や日産社内で解決すべき問題であり、それを飛び越えて特捜部が出て来てゴーンを逮捕する場面ではないと思われるからです。
ゴーンが11月17日に突然逮捕された理由は、報酬を有価証券報告書に少なく記載した金融商品取引法違反容疑でした。確かに、ゴーンが本来貰うべきと考えていた年間報酬約20億円を、高額と言う批判を避けるために10億円程度と記載し、差額を退任後に分割して受け取ろうとした企ては事実で、批判されてもおかしくありませんが、日産や株主、債権者に損害は生じていません。むしろ本来なら貰ってもおかしくない約50億円が支払われなかったということで、得をしています。従って、この件は、有価証券報告書の正確性に反したことが罪であり、罪としては軽微で、逮捕するような罪ではありません。
それに対して、特捜部は、同容疑でゴーンを2回に分けて逮捕し、10日間勾留延しました。そして、更に10日間勾留を延長しようとして申請したところ、東京地裁に却下されました。これに同意したら、東京地裁が恥ずかしいと思ったのでしょう。
これでゴーン釈放かと思ったところ、特捜部は釈放予定日に特別背任罪の容疑で再々逮捕しました。ゴーンの最初の逮捕からこちらが本命だろうと言われていた容疑です。ゴーンが特別背任に問われている取引はこうです。2008年9月のリーマンショック後、ゴーンが個人会社で行っていたデリバティブ取引で約18億円の損失を抱え、取引銀行から担保を要求されます。ゴーンは担保の提供を避けるため、このデリバティブ取引を信用のある日産に移すことを提案します(取引銀行が出した知恵かも知れません)。その際に取引銀行から、日産の取締役会の承認を求められます。これはそのまま取締役会に諮れる内容ではないため、ゴーンは、具体的内容を隠して一般的的取引として承認を採り、一旦デリバティブ取引を日産に移します。しかし、その後ゴーンは、日産に移したデリバティブ取引を元のゴーンの個人会社に戻しています。従って、日産には損害は発生していません。特捜部は日産に移した時点で特別背任が成立すると言い、ゴーンは直ぐに戻し、日産には損害は生じていないのだから、特別背任にはならないと抗弁しています。また、特捜部は、日産からゴーンの個人会社に戻した際にサウジアラビヤの友人(友人の会社?)に保証を受けており、その後ゴーンは予備費からその友人の会社に中東の日産子会社を通じて約16億円支払っているが、これは保証の対価や謝礼であり、この支払いが特別背任となると言っています。これに対してゴーンは、現地で日産に関するトラブルを解決して貰った報酬やロビー活動の報酬であり、正当な業務上の支払いだと抗弁しています。
ゴーンが中東の日産子会社を通じて支払った資金は、ゴーンが自由に使える予備費(機密費)であることから、支払いについて日産の規則上問題ありません。ゴーン逮捕後、日産では、社内調査の結果ゴーンの不正行為が明らかになったとして、ゴーンを解任していますから、予備費の使途が規則違反であったと認定したものと思われます。その他レバノンやブラジル、オランダなどに日産の関係会社を通じて住宅を取得させ、それを私的に使っていたとして、不正行為に挙げられていますが、これは大した問題ではありません。使用料を払うとか、住宅を処分すれば、それで済むことです。
本来このような会社内の資金使途に関する問題は、会社内で解決するもので、損害を補填させ、本人は処分して終わりです。刑事罰を問うのは、損害が補填されない場合であり、会社が告発し、それに基づいて検察が捜査を開始するものです。今回は、会社の処分と正式な告発を待たず、特捜部が動き出し、ゴーンを逮捕しました。この手順は明らかに異常です。
今回、手順がおかしいにも関わらず特捜部がゴーン逮捕に至った原因は、2つあると思われます。1つは、この事件が2018年の6月から使えるようなった司法取引制度を使うには絶好の案件だったことです。この疑惑の核心を知るゴーン側近の取締役が司法取引に応じ、詳細な情報を提供することとなったことから、特捜部は立件を決めたと思われます。2つ目は、ゴーンを逮捕すれば、フランスとの外交問題に発展すると分かっていながら、政府が止められなかったことです。それは、政府に検察への借りがあったからです。この年、政府は、近畿財務局文書偽造問題で、関係官僚を起訴しないことを検察に飲んで貰いました。近畿財務局文書偽造問題は、ゴーン事件のような経済問題ではなく、公文書の信頼性を損なった犯罪であり、これこそ違法性が問われるべきものでした。これを安倍首相や麻生財務大臣を庇うために文書偽造に手を染めた財務省職員を救うために、政府は検察に起訴しないよう強力に働きかけました。検察が抵抗したことは、偽造文書の内容が全部公開され、当該偽造を指示した財務省幹部職員が辞職したことから分かります。これがあったせいで、政府は、ゴーン逮捕という検察の方針に待ったを掛けられなかったのです。
2010年9月に元厚生労働省村木厚子氏の逮捕にかかる証拠を大阪地検特捜部の主任検事が改竄し、上司もこれを黙認していたことが分かり、特捜部の信頼性が地に落ちて以来、大阪地検および東京地検の特捜部は、隠忍自重してきましたが、2018年初めに近畿財務局文書偽造事件を大阪地検特捜部が手掛けたことから、東京地検特捜部でももっと目立つ事件を手掛けようという意識が高まっていたと思われます。そのときに飛び込んできたのが今回のゴーン事件だったのです。
大阪地検と東京地検に特捜部を常設している限り、組織の宿命として手柄を立てようとするのは必然であり、村木厚子氏違法逮捕における証拠改竄や今回のゴーン逮捕のような特捜部の暴走と思える事件が起きます。こういうことを防ぐには、両特捜部は、常設の組織ではなく、重要な事件が起きた時、検事総長の判断で置くことができる臨時の組織とすべきだと思われます。