フランスの予備審理開始、2つの裁判が外交取引の対象となった
1月12日、日本オリンピック委員会(JOC)会長でIOC委員でもある竹田会長について、フランス司法当局は、賄賂提供の容疑で昨年12月10日に予備審理を開始する決定をしていたとの報道が飛び込んできました。この問題は2,3年前から燻っていた問題ですが、ここ暫くは話題になることもなかったことから、立ち消えになったものと考えられていました。これが急に予備審理の開始という報道ですから、オリンピック関係者を中心にびっくりです。現在日本では、ゴーン容疑者が逮捕・勾留中であり、これに対してフランスでは不当逮捕であり、酷い取り扱いという批判が多いということですので、フランス側が報復行動に出たのではと思った人も多いと思います。
竹田会長の贈賄の容疑は、次の通りです。2013年9月ブエノスアイレスでのIOC総会で、2020年夏季オリンピックの開催地が東京に決定します。この日のために東京オリンピック招致委員会(竹田会長が委員長。以下招致委員会)は、各国のIOC委員に東京へ投票してくれるよう働きかけを行って来ました。その中で、IOC総会の2か月前の2013年7月に、招致委員会は、シンガポールのコンサルタント会社「ブラックタイディング(BT)社」にロビー活動費として9,500万円を送金します。そして、東京開催決定後の同年10月には同じ名目で1億3,500万円をBT社に送金しています。招致委員会は、招致成功により2014年1月に解散します。BT社も、2014年7月には閉鎖されています。
これですべて終わったはずなのですが、その後2014年12月にロシアで国家主導のドーピングが行われていたことが暴露され、世界アンチ・ドーピング機関(WADA)が調査に乗り出し、2015年11月、ロシアの国家ぐるみのドーピングを認定します。この調査の中で、ロシアがBT社に資金を送金して、もみ消しを依頼していたことが分かります。BT社の代表は、国際陸上連盟の元会長ラミン・ディアックの息子パパマッサタ・ディアック氏と親しく、この資金がパパマッサタ・ディアック氏に渡り、父親を通じてもみ消し工作に使われた疑惑が生じました。これを受け、2016年3月英国紙ガーディアンは、フランスの司法当局はBTに送金された東京の招致委員会の資金も賄賂として提供された可能性があると考えて捜査を始めたと報道しました。これを受け、JOCは調査委員会を設け、2016年9月に「違法性はなかった」との調査報告書を発表しました。しかし、JOCは竹田会長の関係者であり、この調査結果は、フランス司法当局にとっては証拠としての価値はありません。また、調査は、BT社解散後に行われており、BT社の代表とも、資金が渡って賄賂として使ったと疑われているディアック親子とも接触できていないことから、調査としても不十分なものです。
その後、2017年2月、竹田会長は、司法共助によりフランス司法当局から依頼を受けた東京地検特捜部の聴取を受けたとのことです。
2018年11月17日、ゴーンが逮捕されていますので、ここからが先は、ゴーン逮捕との関係が問題になりますが、同年12月10日、竹田会長は、パリで、同問題でフランス司法当局者の聴取を受けたということです。竹田会長によると「聴取を受けたのは事実だが、内容は否定した」ということですが、聴取を受けて予備審理の開始の決定がなされたということになります。ちなみに12月10日は、ゴーン容疑者が有価証券報告書虚偽記載の容疑で再逮捕された日です。
竹田会長の贈賄の疑惑は、ゴーン容疑者の特別背任の疑惑と構造がそっくりです。特捜部は、ゴーン容疑者の約18億円の損失を抱えた個人的なデリバティブ取引を一旦日産に移し、その後日産からゴーン容疑者の個人会社に戻す際に、銀行から担保を求められ、サウジアラビアのゴーン容疑者の友人ジュファリ氏から担保(保証)の提供を受け、その後その見返りにジュファリ氏の会社に日産から約16億円を送金させたとして、特別背任罪になるとしています。これに対してゴーン容疑者は、約16億円の送金は、ジュファリ氏が日産関係のトラブルの解決やロビー活動を行った報酬であり、デリバティブ取引を日産からゴーンの個人会社に戻す際に担保を提供して貰った対価や謝礼ではない、と主張しています。
これを招致委員会の賄賂疑惑で見ると、フランス司法当局は、招致委員会からBT社に送金された資金は、賄賂の目的でまたは賄賂に使われかも知れないことを認識して送金されたものであり、竹田会長も承認していたと考えていると思われます。これに対して、竹田会長は、BT社への送金は、ロビー活動費であり、賄賂に使うことを目的に送金したものではないとの主張です。
ゴーン容疑者の特別背任罪の容疑も、竹田会長の贈賄の容疑も、司法当局には有罪とする確たる証拠がなく、事件の経緯からくる推定だけが拠り所となります。従って、日本の裁判所が特捜部の主張を入れて、ゴーンを特別背任罪と認定すれば、フランスの裁判所も司法判事の主張を入れ、贈賄罪と認定してもおかしくないと思われます。即ち、ゴーン裁判と竹田裁判は、外交関係の基本である互恵関係になったことを意味します。
フランス政府は、ゴーン逮捕直後から外交・政治問題とし、11月30日開幕のG20サミットでマクロン大統領が安倍首相に会談を求めるなど政府間での話し合いを求めてきました。それは、ルノーは元国営企業であり、今もフランス政府が15%の株式を握る準国営企業の位置付けで、ルノーの浮沈は、フランスの雇用に重大な影響を与えるからです。このルノーの会長であるゴーン容疑者は、フランス政府の準閣僚にも相当する立場にあったということです。従って、フランス政府がゴーン逮捕に強い関心を持つのは当然でした。それに対して日本政府は、「これは司法の問題および民間企業の問題であり、政府が関与することはない」と突き放してきました。G20の開場で、逃げるようにステージを去る安倍首相一行を、会談を求めて追いかけるフランス政府一行の姿が印象的でした。これは、徴用工賠償判決を三権分立の観点から司法の判決を尊重しなければならいという韓国政府と、国家間の賠償協定があるじゃないかと韓国政府に詰め寄る日本政府の関係に似ています。韓国政府との関係では、日本政府は対抗処置をちらつかせていますので、フランス政府が対抗措置に出て来ることは当然予測されたことです。ゴーン容疑者が準閣僚だとすれば、竹田会長もJOC会長として国家機関を代表する立場にあり、お互いに釣り合った人物を被告とした裁判を抱えることになります。
フランス司法当局の予備審理には、1~2年間かかるということですので、ゴーンの裁判の行方を見ながら進むことになります。日本でのゴーンの裁判に圧力をかけるには格好の案件ということになります。
これで日本政府も、これまでのように司法の問題・民間企業の問題と突き放した対応はとれなくなりました。今後外交ラインで話し合いが行われることになると思われます。そもそもゴーン事件は、日産社内で解決する問題であり、特捜部が介入する事件ではありませんでした。また、フランスとの外交問題に発展することは、ある程度予期されたのに、近畿財務局文書改竄事件で検察に借りがある政府は、特捜部のゴーン逮捕に待ったをかけられませんでした。私は、外交的に両者とも刑事罰は問わないと言う形で決着するのが一番良いと思います。ゴーン容疑者の場合、裁判は開始されるでしょうから、恩赦による免訴が考えられます。