ゴーン事件が浮き彫りにした監査役制度の欠陥

1月11日、カルロス・ゴーン容疑者が特別背任罪(会社法)と有価証券報告書への直近3年間の報酬虚偽記載の罪(金融商品取引法違反)で追起訴されました。もし報道されている内容の起訴事実だとすれば、「泰山鳴動して鼠一匹」の感があります。

有価証券報告書虚偽記載の罪は、2010年~2014年度の5年間(1回目の起訴)、2015年~2017年度の3年間(追起訴)で合計約90億円の報酬を過少に記載していたというものです。しかし、これは、実際に貰った報酬を約90億円過少に記載していたというものではなく、約90億円は将来退任後に受け取ろうとしていたというものです。ということは、有価証券報告書提出の時点では貰っていないわけで、過少申告ではありません。また、将来退任後にコンサルティング契約などの名目で受け取ろうとしていたと言っても、不確定なものです。ゴーン容疑者と日産がコンサルティング契約などを結ぶとなると、会社と取締役間の取引として、取締役会の承認が必要ですが、承認されていた事実はないようです。また、日産の業績が悪化すればゴーン容疑者は会長にはいられないでしょうし、ルノーから別の人が日産会長に就任すれば、履行されない可能性が高いと思われます。従って、過少申告と言う約90億円については、ゴーン容疑者やケリー容疑者が言う通り、確定したものではないと考えられます。ケリー容疑者は弁護士資格を持っており、その点十分に検討していたと思われます。

そもそもこの問題で、損害を被った人が誰もいないのです。利害関係者は、日産、株主、債権者ですが、これらはゴーン容疑者が国際的水準で本来貰ってもよいと考えられる報酬より年間約10億円少ない報酬で我慢していたことによって、得をしています。被害者はいないのです。被害者なき犯罪で逮捕されるものでしょうか?有価証券報告書の信頼性が傷ついた罪だと言うのなら、罰金刑くらいが適切ではないでしょうか?

また、約18億円の損失を抱えたゴーン容疑者の個人的デリバティブ取引を一時的に日産に移転させたことが特別背任罪としていますが、日産に損害は発生しておらず、短期間に元に戻していることから、損害を与える意思もなかったと思われます。特捜部は、その後ゴーン容疑者は自分が自由に使えることとなっている日産の予備費から約16億円を、中東の日産子会社を通じて友人のジュファリ氏の会社に販売促進費の名目で支払っているが、これは日産に移したデリバティブ取引を再びゴーン容疑者の個人会社に戻す際に必要だった担保をジュファリ氏が提供してくれた対価や謝礼であり、特別背任罪となるとしています。これに対してゴーン容疑者は、これは、ジュファリ氏が行った日産関係のトラブルの解決やロビー活動の報酬であり、担保提供の対価や謝礼ではないと抗弁しています。

特捜部が言うように約16億円の支払いが担保提供の対価や謝礼とするならば、その証拠が必要ですが、ジュファリ氏は否定していますので、確たる証拠はない状態です。資金が支払われた経緯から、「そうに違いない」という推定の状態です。

そして、そもそも支払いがあったのは2009年6月~2012年3月のことであり、なんで今更取り上げるのかと言う感があります。それに、もしジュファリ氏に支払われた資金が担保提供の対価や謝礼であったとしても、ゴーン容疑者が受け取らなかった報酬の金額約90億円と比べると、なお日産が得をしています。

漏れ来る情報を聞いていると、まるで社内監査の状況報告のようです。社内で不正の疑いが見つかり、監査が行われている状況に見えます。違うのは、社内監査になぜか特捜部が参加していることです。ここが今回のゴーン逮捕に対して経済界や会社員が持つ違和感です。不正が疑われるケースは多くの会社であるし、その場合、社内で調査し、もし事実なら不正を行った者に会社が被った損害を弁済させ、不正を行った者は懲戒解雇処分で終わりです。損害が弁済されれば、刑事罰を問うことまではしません。

今回の問題が特捜部にまで持ち込まれたのは、有価証券報告書への虚偽記載の疑いが端緒と思われます。有価証券報告書に記載されたゴーン容疑者の報酬額については、間違いではないかという問い合わせが証券取引等監視委員会などから日産に何回か寄せられていたという報道です。このことは日産の監査役にも当然伝わっていたはずですが、日産の監査役は少なくとも起訴された8年間について気付かなったことになります。確かに実際支払われた報酬額が有価証券報告書に記載された金額通りであり、それで間違いないとゴーン容疑者やケリー容疑者に答えられれば、それ以上の調査は不可能だったと思われます。だから監査役はやりようがなかったかも知れません。しかし、8年間に渡って有価証券報告書の虚偽記載があったとなると、監査役の責任は免れないと思います。

今回のゴーン事件で明白なことは、監査役が機能しなかったことです。ゴーンは日産を思うままに動かすために、重要な取締役を側近で固め、その他の取締役はゴーンに従順な人を揃えていたと思われます。監査役についても、取締役と同様な人選をしていたと思われます。

日本の公開会社では、3人以上の監査役を置いている会社が多いですが、これが機能しないことは会社関係者なら誰でも知っています。監査役はお飾りであり、何もしない、何も言わない監査役こそが良い監査役であることは、会社ばかりでなく監査役自身が認識しています。監査役の責任を全うするには、お金の流れや業務執行の様子を経常的にモニターする必要がありますが、それができるのは常勤監査役です。しかし、常勤監査役は、社内から、社長の息のかかった人が選ばれることが多く、多くの場合、厳しいチェック機能は果たせません。やはり、社外監査役の方が厳しいチェック機能が果たせますが、現在社外監査役は、社長と親しい人が就任することが多く、また監査する機会や時間が限られています。それもお膳立てされた監査が普通です。これでは実効性は期待できません。

そこで、監査役の実効性を発揮させるためには、監査役制度の見直しが必要となります。

先ず、監査役になれる人の技能を特定する必要がります。先ずお金の流れをチェックする技能が必要であり、社内なら、経理部や管理部、監査部での実務経験が必要です。社外監査役には、公認会計士や弁護士が適任ということとなります。社外監査役が2人なら、1人は顧問弁護士や顧問公認会計士でも良いと思いますが、もう1人は会社と全く関係ない弁護士や公認会計士を置く必要があります。これを社外監査役と分けて、独立監査役とします。独立監査役は、監査役協会に登録した弁護士や公認会計士から、会社の要請に応じ監査役協会が指名します。そして、監査報酬は、会社が監査役協会に支払い、監査役協会から各監査役に支払らわれます。

そして、当該監査役報酬は、監査役としての業務に従事した日数に応じた妥当な額とします。監査役業務に携わる日数が少なければ低額になるし、多ければ高額になります。従って、もし社内に詳細な調査を必要とする問題が生じて調査に従事すれば、高額となるということです。

このような独立監査役がいれば、今回の日産事件では、有価証券報告書の虚偽記載は早い段階で止められたと思われます。監査役制度の改革は待ったなしです。