ゴーン事件、SECの対応を見習うべき

1月28日のBloombergの報道によると、米証券取引委員会(SEC)は、日産自動車が米国の幹部報酬を正確に開示していたかどうか調査しているとの報道です。調査の結果、不正があれば、制裁金を科すほか、法律ないしSEC規則違反の防止で差し止め命令を出す可能性がある、とのことです。現在日本では、日産のカルロス・ゴーン元会長とグレッグ・ケリー元取締役が有価証券報告書にゴーン元会長の報酬を実際より低く記載し続けたとして逮捕・起訴されています。日本では逮捕・起訴で、米国では制裁金と差し止め命令です。同じ行為でありながら、罰が余りに違い過ぎます。

同じく米国と日本の法規制の違いを強く考えさせる出来事が昨年ありました。電気自動車で有名なテスラの最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスクが8月7日ツイッターに「1株420ドルで非上場化を検討している。資金は確保した」とツイートし、株価が10%程度上がりましたが、直ぐに実現性に疑義が生じ、その後30%近く下落しました。これにより多くの投資家が損害を被ることとなりました。当然SECが調査に乗り出しました。

私もこれは大変な問題になると思いました。マスクは証券取引法違反で逮捕されるだろうと予想しました。しかし、SECは約2か月後の9月末にはテスラと和解したのです。和解合意では、マスクとテスラのそれぞれが2000万ドル(約22億8000万円)に上る制裁金をSECに支払うほか、マスク氏は会長職を退き、同社は2人の独立した取締役を任命する、という内容でした。私たち日本人からすると、大勢の人に損害を与えるという悪いことをしたのだから、お金で解決すのではなく、刑事罰を科すべきだろうと思います。しかし、よく考えると、この方が従業員や工場を抱える地域経済などに与える悪影響を小さくすることが出来るのです。もし、マスクを逮捕すると、生産がうまく行かず資金問題を抱えるテスラは、倒産する可能性が高まります。倒産すれば、多くの従業員が職を失い、工場などがある地域経済も大きな打撃を被ります。SECはこれを避けることを優先したと考えれます。

日本では、有価証券報告書虚偽記載という金融商品取引法違反で日産のゴーン元会長をいきなり逮捕しました。日産は世界的大企業であり、テスラのようなマスクの個人的手腕に依存する企業ではありませんが、ゴーン元会長は、倒産に瀕した日産を再建した功労者ですし、その時点においても日産経営陣のキーマンでした。かつ、日産の親会社ルノーの会長兼CEOも兼ねており、ゴーン元会長の逮捕は、ルノーの経営にも影響を及ぼし、フランスとの外交問題にも発展することは必須でした。従って、日産およびルノーの経営およびフランスとの外交関係に及ぼす影響を考えれば、有価証券報告書虚偽記載という形式的な犯罪で、ゴーン元会長を逮捕するというのは妥当性を欠くことが分かります。SECのように、法人としての日産およびゴーン元会長を含む経営陣への罰金で済ます問題です。

この逮捕の本丸と言われる特別背任についても、ゴーン元会長が日産の資金を自身のために流用したと疑われる金額は約16億円であり、マスクがSECに支払う罰金より少ない金額です。民間企業でこのような問題が生じたら、調査のうえ会社の損害額を確定させ、流用者にその損害を弁済させて終結させます。弁済されれば会社には損賠はないし、株主および債権者にも損害はないから、刑事罰を課す必要はありません。また、刑事罰を求めたら、マスコミなどで興味本位に報道され、会社の信用に傷がつきます。

今回のゴーン逮捕により、日産の信用は落ち、従業員も動揺したことから、日産の販売は大幅に落ちています。2019年1月の米国日産の販売台数は前年比約18.4%下落し、全体の7.4%の下落を大幅に上回っています。このままいくと、日産は再度経営危機に瀕する恐れがあります。また、親会社ルノーは持ち株会社方式で日産を統合する意向と伝えられますので、将来的には日産を北米日産、中国日産、日本日産に分割し、日本日産は日本国内での販売台数約50万台に応じた車を生産および販売する会社となると思われます。そうなれば、国内の多くの工場が閉鎖されます。政府はゴーン事件を「これは民間企業の問題」と言って関わらない姿勢ですが、これは雇用問題につながっており、政府の問題でもあります。

経済事件は、雇用問題に発展しないよう処理することが必要であり、この視点が日本の検察には欠けていると思われます。(SECと日本の検察に相当する米国司法省は別ですが、司法省は日本の検察のようにしゃしゃり出ていません。)