ソフトバンクファンド事業の最大のリスクは・・
ソフトバンクグループの2019年3月期の決算が発表されました。売上高9兆6,022億円、営業利益2兆3,539億円、純利益1兆4,546億円というものでした。営業利益は前年同期比81%増、純利益は36%増ということですから、数字的には素晴らしいものです。トヨタの同期の営業利益が2兆4,675億円ですから、売上高30兆円のトヨタに営業利益であと一歩のところまで迫ったことになります。しかし、トヨタの決算とは内容がかなり違います。ソフトバンクグループの売上高はトヨタの3分の1に留まりますし、ソフトバンクグループの営業利益の内ビジョンファンドおよびデルタファンド(以下ファンドという)の未実現利益(評価益)が1兆132億円と43%を占めるからです。評価益は経済事情などによって変動する利益であり、トヨタの実現済みの利益とは異なります。事実この評価益に含まれる米国ウーバー社がIPOしましたが、初値は公募売り出し価格の45ドルを下回る42ドルとなり、評価益の不安定さを証明しました。
ソフトバンクグループは持ち株会社とファンド運営会社という2つの側面を持ちますが、持ち株会社の傘下にある主な事業会社は、ソフトバンク、ヤフー、スプリント、アームの4社です。このうち営業利益の大部分を稼ぐのはソフトバンク(セグメント利益7,251億円)です。ヤフーの同利益は1,349億円、スプリント同2,802億円、アーム同1,339億円と3社合計5,490億円であり、ソフトバンク1社に及びません。ソフバンクグループは昨年12月にソフトバンクのIPOを実施しており、株式の一部売り出しによって2兆円の資金を手にしています。また、5月9日のソフトバンクの決算発表では、ソフトバンクがヤフーの増資4,565億円を引き受け、持ち株比率45%の持ち分会社とすることを発表しました。その後ヤフーは、ソフトバンクグループが持つヤフー株式36%を5,265億円で買い取るということです。これはソフトバンクグループがソフトバンクおよびヤフーから5,265億円の資金を吸い上げることを意味します。営業利益2兆3,539億円と言いながら営業キャッシュフローの増加は1兆1,718億円に過ぎないため、ソフトバンクとヤフーは現金作りの役割を担っていることが分かります。今後もこのような取引が行われるはずです。
ソフトバンクグループが10兆円ファンドを作れたのは、国内通信事業が巨額のキャッシュフローを生み出してきたからです。国内通信事業は、公益事業でありながらドコモ、KDDIとソフトバンクが協調体制を敷き、3社で営業利益約2兆7000億円(今期予想)を稼ぎ出す異常な業界となっています。この最大の原因は、織田信長を尊敬し業界の風雲児・変革者を自認していた孫社長が変節し、お殿様ドコモを丸め込み、3社寡占を利用した協調体制を構築したためです。これによってソフトバンクグループは業界3位ながら巨額のキャッシュフローを獲得し、スピリントやアームの買収、10兆円ファンドの設定を行いました。これらの資金は、元はと言えば日本の家計からもたらされた(奪い取った)ものであり、業界の風雲児・変革者孫社長としては胸を張れるものではありません。私は、業界の風雲児・変革者孫正義は、国内通信事業で3社協調体制を敷いたところで終わったと思います。そこからは、業界のフィクサーになったと考えています。孫社長は、この3社寡占状態にある携帯電話事業では、競争するより協調した方が儲かるし、家計からお金が流れ込む仕組みが作れると考えようです。孫社長は、「戦国時代において織田信長が天下をとれた理由は、お金が流れ込む仕組みを作ったから」と考え、監督官庁の監督下にある携帯電話事業においては監督官庁たる総務省にこの仕組みを作らせればよいと考えたようです。一見織田信長の上を行ったように思えますが、織田信長がお金を徴収したのは商人であり、一般庶民ではありません。そこに大きな違いがあることに気付いていないような気がします。
今後国内通信事業は楽天の進出により、通信料金の値下げ競争に突入します。楽天の三木谷社長は、孫社長が作り上げた3社協調体制が日本社会を駄目にしていると考えており、徹底的に戦いを挑むはずです。それによりソフトバンクの収益は大きく減少します。孫社長もそのことはお見通しであり、そのために昨年12月にソフトバンクをIPOさせ、2兆円の資金を回収しています。それでも今後ソフトバンクグループのキャッシュが減少することは間違いありません。三木谷社長は、ソフトバンクのキャッシュを減らしてソフトバンクグループにダメージを与える戦略かも知れません。
今後ソフトバンクグループは、投資ファンド事業を業務の主体にするようですが、これは3つの面で困難が伴うと考えられます。1つは、このファンドのスタイルに合う投資先(業界トップのユニコーン企業)が少なくなることです。今の10兆円ファンドの投資先は、手元の資料では82社となっており、世界の主なユニコーン企業が含まれると思われます。そうなると次はこれ以下の企業への投資となります。ユニコーン企業への投資というやり方は、日本のベンチャーキャピタル(VC)が出来たばかりの頃に採った手法と似ています。当時の日本のVCは、公開会社並みの売上高と利益を出しているが株式公開はしていない有力企業に狙いを定め、株式公開を説得し投資していました。従って、ノンリスクに近い投資でした。しかし、これが一巡した結果、本当にリスクが伴う投資に移行しました。ソフトバンクグループの投資もそろそろリスクの高い投資に移行せざるを得ない段階に来ていると思われます。2つ目は、ファンドの投資時の評価額が高いことがファンドの出資者から不安がられていることです。孫社長がスプリントやアームを買収した金額を見れば分かるように、孫社長は他社では出せないような高い評価額を出して買収します。それと同じことをファンドでも行っています。この手法はスプリントやアームの今の状況を見れば分かるように投資としては失敗になる可能性が高いやり方です。また、今期のソフトバンクグループ営業利益の半分以上はファンドでの投資株式の評価益ですが、これは自らのファンドが株価を引き上げて追加投資した結果生まれた評価益であり、いわば自演自作の評価益です。即ち、ソフトバンクグループの利益の大部分は、ファンドが追加投資するたびに株価を引き上げて作り出した利益なのです。今のファンドの出資者には、孫社長のこの手法に不安を持つ人が少なくないと思われます。従って、この点からも次のファンドの資金集めは困難を伴うことが予想されます。そのため先ず自社で2兆円程度のファンドを設立し、それに順次追加出資してもらう方式をとるものと思われます。ソフトバンクのIPOやヤフーによるヤフー株のソフトバックグループからの買取りは、そのための資金作りと思われます。3つ目の困難は、孫社長も既に還暦を過ぎていると言う点です。孫社長は現在61歳であり、期間10年のファンドだとするとファンド終了時には71歳となります。この巨大ファンドは孫社長の属人的なファンドであり、孫社長が運営責任者を途中で交代することは想定されません。孫社長は今回の決算説明の場で、「頭は大分もう薄くなってきたけれど、情熱は燃え滾っている」「また髪の毛がバーッと生えてきそうだ」など体力、気力が充実していることを強調していましたが、そこが逆に「そうか、孫社長ももういい年なんだ」と思わせる結果となりました。60歳を超えると体力、気力は間違いなく落ちます。そして何が起きても不思議でない年代です。投資家として見た場合、60歳を超えた経営者が率いる会社に投資するでしょうか。しないと思います。孫社長は年齢的にこれと同じ状況になっているのです。
投資は傍から見れば楽しそうに見えますが、リスクに見合った高いリターンが求められることと業績が株式市場に左右されるため、心が安らぐ時がありません。これがファンド責任者に肉体・精神的ダメージを与えることになります。孫社長のこれからの人生は、これまでの人生の延長上にはないと考えた方がよいと思われます。
投資を生業にしてきた人でハッピーエンドで人生を終えられた人はいないのではないでしょか。上手く行っているときは得意絶頂で辞められません。辞めるときは、投資に失敗し、出資者に多大な損害を与え、出資者からペテン師呼ばわりされながらです。孫社長は、果たして凄い投資家として称賛されて事業家人生を終えることができるでしょうか。