企業家のヒーローは孫さんから三木谷さんへ

ソフトバンクグループを率いる孫社長と楽天グループを率いる三木谷社長は、世のサラリーマンにとって、自らベンチャー企業を起業して日本を代表する企業にまで育て上げたヒーローです。誰もがああなりたいと思いながら、決してなれない存在です。

インターネットの将来性に目を付け、日本でヤフー・ジャパンを設立しインターネットポータルサイトの王者になった孫社長は、IT時代の寵児であり、ベンチャー企業の旗手でした。そして2006年には、日本で携帯電話事業を行っていたボーダフォンを1兆7,500億円という日本人が聞いたことのない金額で買収し、世間をあっと言わせました。この資金の大部分が借入金であったため、無謀な買収とも言われました。しかし、何度か信用危機に見舞われながらも生き延び、今では国内通信事業(ソフトバンク)は売上高3兆7,463億円、営業利益7,194億円というグループの稼ぎ頭になっています。ソフトバンクは、ボーダフォン買収時には携帯電話業界においては第3位にあり、トップのガリバードコモ、2番手KDDIに大きく離されており、孫社長は様々な奇手妙手を使ってこの2強に戦いを挑みました。この姿勢に多くの日本人が喝采を送りました。

しかし、その後孫社長は変節します。それは携帯電話業界が実質的にドコモ、KDDIおよびソフトバンクの3社寡占であり、寡占の妙味に気付いたからです。そこで孫社長は料金値下げでドコモ、KDDIからシェアを奪うのではなく、シェアは現状のままでも利益が増える方向に舵を切りました。その為には、料金は3社横並びとし、3社が2年縛りや4年縛り契約を導入し、ユーザーがキャリアを変えられないようにすればよいわけです。そしてこの考え方を3社が共有すればよいわけです。ここから孫社長の知恵の使いどころは、3社協調体制を作ることと業界の監督官庁である総務省を掌で転がして、総務省をこの体制の元締めに据えることでした。3社協調体制が総務省が指導して作られたものなら、誰も文句は言えません。こうして監督官庁が中心となった携帯キャリア3社による利益共同体が作られました。その結果、3社は営業収入約13兆円、年間営業利益約3兆円をシェアに応じて分け合う体制となりました。営業利益率は20%を超えており、同じ公益事業を行う電力会社9社の営業利益が1兆円にも満たず、営業利益率は約5%(以上2018年3月期のデータ)なのと比べると、この3社の利益が異常であることは明らかです。営業収入約13兆円のお金の出し手は家計であり、これだけのお金を吸い上げられた家計は、他の支出を減らして遣り繰りすることになります。その結果、食品や衣料品などの売上減少、新聞の発行部数の低下などを招きました。

そして昨年8月この状態を危惧した菅官房長官が「携帯電話料金は約4割値下げの余地がある」との発言し、状況は一変します。菅官房長官の発言は正鵠を穿っており、むしろ遅すぎたくらいでした。これにいち早く反応したのも孫社長でした。今後携帯料金は値下げに向かい、携帯電話事業はこれまでのようなうま味のある商売ではなくなると見た孫社長は、キャッシュ獲得のためグループ内で未公開としてきた国内通信事業を担うソフトバンクを翌年IPOさせることにしたのです。この決断力の速さは見事でした。そしてソフトバンクグループはこのIPOで2兆円のキャッシュを手にしました。今後ソフトバンクの減益額の10年分に相当すると思われます。

そしてソフトバンクグループの主力事業は、今後は総額10兆円のビジョンファンドを中心したファンド運営になるということです。このファンドの投資対象はユニコーンと言われる評価額10億ドルを超えるベンチャー企業で業界トップ企業ですので、目利きは必要ありません。投資のポイントは、高い株価を提示することと巨額の投資金額を提供することです。そして、2回、3回と株価を引き上げて追加投資しますので、それにより評価額が上がり評価益が発生することになります。つまりいくらの評価益を出すか自分で決めていることになります。ここにこのファンドの危なさがあります。

孫社長は、寡占の携帯電話事業から利益は競争でなく協調の方が得られることを学び、ファンド事業では利益は自分で作り出せることを学んだように思います。このような孫社長はもはや若者やサラリーマンのヒーローではないと思われます。

孫社長に替ってこれからヒーローになるのは楽天の三木谷社長ではないかと思います。三木谷社長も楽天を上場させた後たくさんのM&Aを実施していますが、外れが多いように思います。孫社長はアメリカでヤフーに出会い、日本での事業化権利を取得することで余り苦労せずヤフー・ジャパンを軌道に乗せましたが、三木谷社長は楽天と言うショッピングモールを0から作り上げており、たくさんの試行錯誤を重ねてきたと思われます。そのため、海外で楽天とシナジー効果がありそうなベンチャー企業があれば、とりあえず買っておく的な買収が多いように思います。それが買収先に上手くいっていない企業が多い原因のように感じます。

それでもショッピングモール、ネット銀行、ネット証券、カード、旅行代理店などのネット事業は盤石であり、ネット企業NO.1の陣容を誇ると言えます。

そこに菅官房長官の携帯料金を巡る発言があり、携帯電話業界の寡占が問題となり、新規参入の機会が訪れました。楽天は楽天経済圏のインフラとしてMVNOの楽天モバイルを経営していましたが、回線をドコモから借用していたため利益が出ないと言う現実に直面していました。通信回線を持っているキャリア3社は馬鹿みたいに儲かり、回線を借りているMVNOは消耗戦の状況でした。これはネットの世界でサービス競争を展開している三木谷社長にとっては、腹立たしいことだったと思われます。そこで三木谷社長はこのチャンスを掴むべく新規参入に名乗りを上げます。これは新規参入を促したい政府関係者からの働きかけに応じた結果かも知れません。今のキャリア3社の利益状況を考えれば、新規参入しても利益を上げられる可能性は大きいと考えられました。楽天は新しい通信技術を使えば約6,000億円程度の資金があれば通信ネットワークを完成できる発表し、当初素人の考えと嘲笑的な報道が多くみられましたが、最近は十分可能かもという報道に替っています。私は、楽天は新規参入後既存のキャリア3社と協調体制を敷き、寡占の利益の分け前に預かろうと考えているのではないかと疑いましたが、これは杞憂に終わりそうです。三木谷社長は今のキャリアとMVNOの関係は奴隷制度と同じと述べ、楽天としては「携帯電話の民主化活動」を展開すると宣言しています。また、楽天の新規参入に当たり、総務省は楽天にのみ端末と通信のセット契約や縛り契約などを認める予定などという報道がありましたが、これに対して三木谷社長は「もしそのような話があっても受けない」と述べ、真っ向から勝負することを表明しています。とても男前の発言であり、見直しました。

三木谷社のこの姿勢に一番影響を受けているのは孫社長だと思われます。ソフトバンクグループは国内通信事業で得られるキャッシュで巨額の買収を行い、巨額のファンドを設立してきました。楽天の新規参入により国内通信事業から得られるキャッシュの減少は確実であり、ソフトバンクグループは大きな影響を受けます。それがソフトバンクのIPOやソフトバンクがヤフーを買収するということに繋がっています。今楽天の三木谷社長の動きに一番注目しているのは孫社長かも知れません。

楽天は、携帯電話事業に新規参入する以外にスポーツの分野でも活発な動きを見せています。257億円でスペインの世界的なサッカーチームバルセロナの胸スポンサーになったり、NBAとパートナーシップ契約を結ぶなど世界的な展開をしています。それによりビッセル神戸はバルセロナの英雄イニエスタを招聘し、将来ビッセル神戸を日本のバルセロナにする計画のようです。また近い将来日本のプロバスケットボールチームの買収もあると思われます。そうなると既に持つプロ野球の楽天イーグルスと合わせ、日本の3大プロスポーツでチームを持つ初めての企業になると思われます。DeNAが新しい発想で横浜球場の観客動員数を大幅に増やすなどプロスポーツは十分に利益が出せる事業分野であると思われます。いつか楽天がプロスポーツ界の盟主になる日が来ることも十分あり得ます。

またもう一つ注目されるのが楽天メディカルの存在です。楽天メディカルが開発する光免疫療法は、ガン細胞を標的とする抗体に色素(フタロシアニン)を結合させ、抗体がガン細胞に結合したら近赤外線を照射し、色素が近赤外線を吸収し発熱することを利用して、ガン細胞を破壊するガン治療法です。破壊されたガン細胞は、免疫細胞が捕食することとなり、ガンの転移も防げる画期的治療法になる可能性があると考えられています。この治療法は、米国国立ガン研究所と米国国立衛生研究所の主任研究員だった小林久隆氏が開発したもので、父親のすい臓ガンの治療法を探していた三木谷社長と出会い、三木谷社長が開発資金を個人的に出資ところから関係が始まったようです。その後効果が確認され、臨床試験に進むに際し巨額な資金が必要となり、楽天グループとして支援することになり現在に至っています。この療法は、米国でもファストトラック(優先審査品目)に指定され、日本でも先駆け審査品目に指定されるなど期待されるガン治療法となっています。これが承認された暁には、楽天の評価が一変するとともに、ガン患者を救う治療法の開発企業として楽天グループの社会の評価を高めることなると思われます。そうなると三木谷社長は、個人として日本ばかりでなく世界で尊敬を集めることになると思われます。

このように孫社長と三木谷社長の関係は、ここで逃げる孫社長、攻める三木谷社長の構図になっています。既に孫社長は若者やサラリーマンのヒーローではなくなり、替って近い将来三木谷社長が彼らのヒーローになる感じがします。