大学知財のライセンス料率には法的保護が必要

2018年度のノーベル医学生理学賞を受賞した京大の本庶佑名誉教授の発明に基づき小野薬品工業が開発したオポジーボの特許使用料(。実際は料率。以下ライセンス料率という)を巡り、本庶氏と小野薬品の間でトラブルとなっています。本庶氏はライセンス料率が安すぎるとして引き上げを求めています。本庶氏が明らかにしたライセンス料率は売上金額の1%ということです。医薬品業界におけるライセンス料率の中央値が3~5%ということですから、相場の3分の1から5分の1ということになります。一方小野薬品は契約に基づく正当なライセンス料率であるとしながらも、交渉の余地は残してきました。現在小野薬品はこのライセンス料率に基づくライセンス料約26億円の支払いを申し出ているようですが、本庶氏はライセンス料率の改定が先であるとして受け取りを拒否しているとのことです。

そんな中5月23日に小野薬品は、今後ライセンス料率の改定交渉には応じない、ライセンス料率が低いと言う不満に対しては京大への寄付で対応する、との決定を行ったという報道がありました。

これに対して本庶氏は、これまでの交渉の中では引上げ料率の提案もあっており、小野薬品の寄付額ではこの料率も下回ることになるとして、訴訟も辞さずの姿勢のようです。本庶氏は、寄付なら1,000億円程度を京大に寄付するよう求めており、どうもライセンス料率ばかりでなくライセンス料の算定の対象となる売上の設定についても問題としているようです。小野薬品はこのような態度をとれば今後医薬品開発において京大医学部および京大医学部系病院の協力を受けられなくなり、医薬品開発で不利になるのは免れません。よくもこんな思いきったら決定をしたなと思っていたら、翌24日、ボストンの米国連邦地方裁判所は米国の2名の研究者をオポジーボの共同発明者に加えるべきとの判決を出したとの報道がありました。この2名はオポジーボの作用分子であるPD-1およびPD-L1の機能解明に際して本庶氏と頻繁に会議を持ち共同で論文を発表したり、実験データの共有をしていたとして、共同発明者に当たるというわけです。これに対して本庶氏は、判決が指摘する事実は認めながら、その貢献度は小さく共同発明者に加える必要ないと判断したということですが、控訴するかどうかについては判決を精査して決めるとの姿勢です。一方小野薬品は控訴する方針だそうですから、小野薬品も発明者となっていたようです。

共同論文を発表しデータを共有していたとなると、貢献度は小さくとも発明者に加えざるを得なくなる可能性が高いと思います。そうなると共同発明者となった2名の米国人研究者は小野薬品にライセンス料の支払いを求めてきます。そしてその料率は米国での相場、世界標準に基づいた数字になると思われます。同じ発明が米国では例えば5%のライセンス料率と評価され、日本では1%とされるとしたら、これは何か変ということになります。医薬品のような世界基準で評価される商品なら、同じ発明ならば同じように評価され、同じようなライセンス料率となると言うのが公平というものです。いくら契約したではないかと言っても、その内容に奴隷条項があればその部分は認めらないのと同じです。従って、米国人研究者2名とのライセンス料交渉または裁判の中で、本庶氏に対するライセンス料率も世界標準に基づいて改められる可能性が大きいと思われます。

小野薬品としては、発明者は本庶氏1人と聞いていたのに新たに2名も現れて、今後この2名とライセンス料交渉が必要となることが予想されるため、本庶氏とだけ交渉しても意味が無く、一旦打ち切りという決定をしたものと思われます。

しかし、小野薬品が世界的企業なら最初から世界標準のライセンス料率を設定していたと思われ、今後業界標準のライセンス料率に改定されたとしても、本来の形に戻っただけで小野薬品が損をするものではりません。小野薬品は、米国人2名が発明者に加わるかどうかの動向を見ながら、本庶氏や京大との関係は友好的に維持した方が得策と思われます。

今回のようなライセンス料率を巡る争いが起きたのは、文教予算の削減から大学に稼ぐ力が求められ、大学も知財本部などを設置して頑張っているところを見せようとライセンス契約の実績作りに走り、ライセンス料率については関心がなかったことが原因です。これまでの経緯から大学および大学の知財部では大学研究者の研究の中から今回のようなブロックバスター医薬品が出るケースは全く想像していなかったのです。ライセンス料率は何か数字が書いてあればよく、ライセンス契約の実績(件数)が欲しかったのです。その結果が今回の本庶氏と小野薬品のライセンス料率を巡る争いに繋がっているのです。

今後国は国立大学または国支給の資金に基づく研究成果のライセンス料率については、世界標準のライセンス料率を設定すべきことを法定すべきだと思います。あくまで売上高に基づく支払いですから、ライセンスを受ける者が支払いで困ることはありません。そうしないと、研究者が一生をかけた研究の成果が正当な評価、取扱いを受けられないと共に、大学に研究資金が還流しません。