ゴーン逮捕を容認すれば経営者は明日は我が身

2018年11月に日産の当時の会長カルロス・ゴーン氏(以下ゴーン)が有価証券報告書に自らの報酬を過少に記載していたという容疑で逮捕され、その後日産の資金を不正に使用し日産に損害を与えたとして再逮捕されました。当初逮捕容疑としてゴーンは実際に貰った報酬より少ない金額を有価証券報告書に記載していた、或いは株価連動型報酬(SAR)で得た報酬を記載していなかったなどの報道がありました。この結果、重大な脱税、所得税法違反があったものと予想されました。次には国税が調査に入り、脱税で巨額の重加算税を課し、かつ悪質として刑事告発することが予想されました。しかし、この動きは一向になく、みんな何かおかしいという感じになりました。その後ゴーンが実際に受け取った報酬額は有価証券報告書記載の通りだが、別途将来報酬を貰う契約を交わしており、これが有価証券報告書に記載されていないことが逮捕の原因であることが明らかになりました。

こうなると通常の判断力を有する人ならこの検察の論理がおかしいことは直ぐ分かります。確定申告で通常所得として申告するのは実際に受け取った報酬です。将来受け取るかも知れない報酬は申告しません。従って、有価証券報告書においても記載すべきは実際に受け取った報酬であって、将来受け取るかも知れない報酬は含まれないはずです。万が一含まれるとしたら、それは受け取ることが確実な報酬です。ゴーンの場合、当時の西川日産社長との間でコンサル契約などの対価として報酬を受け取るという契約を結んでいたということですが、これは日産の取締役会の承認を得ておらず、日産の支払い義務は生じていません。こんな契約を日産の取締役会が承認するとは思えず、こんな不確実な報酬は有価証券取引書に記載すべき報酬とは考えられません。従って、特捜部のゴーン逮捕は無理筋であったことは明確です。なぜこんな無理筋を特捜部がやったかというと、2019年6月から使えるようになった司法取引制度の効果を世の中に示すには絶好の事案だったからと考えられます。日産の少なくとも2人の幹部と司法取引を行ったと言われています。これで世界的に有名なゴーンを逮捕すれば、司法取引制度の有効性をアピールできるばかりでなく、2010年の大阪地検特捜部証拠改竄事件によりほぼ活動を停止していた特捜部の完全復活をアピールできます。これにはやった特捜部が暴走した結果のゴーン逮捕だったと考えれます。

これが勇み足だったと気付いた特捜部は、逮捕の正当性を維持するためゴーンの逮捕容疑に特別背任を追加します。これは当初ゴーンが自分の資産管理会社と新生銀行との契約で行っていた通貨スワップ契約がリーマンショックにより約18億円の損失を抱えたことから、2018年10月この契約自体を日産と新生銀行との契約に付け替えたという内容でした。この際ゴーンは秘書室長に命じて虚偽の内容で取締役会の承認を得て契約の付け替えを実行しており、これ自体は背任行為と言えます。しかし、これを知った証券取引等監視委員会と新日本監査法人が問題を指摘したため、2019年1月本契約は元の状態に戻されたのです。この結果、日産には損害が生じませんでした。特別背任罪は不法な行為だけでなく具体的損害の発生を要件としており、本件では特別背任罪は成立しないことになります。このため特捜部はゴーンがCEOリザーブとして使途を任されていた資金に不正使用があったとして特別背任の容疑に追加します。これは通貨スワップ契約を日産と新生銀行との契約から元のゴーンの資産管理会社と新生銀行との契約に戻すために、含み損部分に対応する担保の差し入れが必要となり、2009年1月サウジアラビアの知人が外資系銀行に約30億円の預金を行いこれに基づき発行された信用状を担保として新生銀行に差し入れます。この場合約30億円の信用状につき知人は外資系銀行に年間数%の保証料を支払う必要がありますが、この保証料も知人が払っていたということです。その後ゴーンは2009年6月から2012年3月に渡り「中東日産」(アラブ首長国連邦)という日産の子会社を通じてその知人の個人口座に販売促進費名目で4回に渡り約16億を振り込ませており、これは知人の信用状発行・保証料支払いに対する見返りだと言うのが特捜部の見立てです。

しかし、その知人が経営する会社はアラブ首長国連邦に日産と「ガルフ日産」という販売促進の会社を共同で設立し、知人はその会社の会長に就任していました。ゴーンは、支払の主旨はサウジアラビヤ政府や王族へのロビー活動や現地でのトラブル処理の報酬であると主張しています。約30億円の保証料は年3%として3年分で約9,000万円であり、ゴーン主張のようなことがないと約16億円の支払いは大き過ぎます。従って、この約16億円の支払いはゴーンの主張のように報酬だった可能性が高く、もしゴーンの個人的な保証料返済などの対価の要素があってもその額は大きくないと考えられます。そしてこれを立証するにはその知人の証言を得るしかなく、実際の立証は実質的に不可能です。

また特捜部は、オマーンの知人の会社にもCEOリザーブから約17億円が販売促進費として「中東日産」から支出されており、その資金の一部約6億円がゴーン個人のレバノンにあるペーパーカンパニーに流れたとしています。いずれも日産からの支出は正当な手続きでなされています。CEOリザーブは多くの大企業に存在する使途を明らかにせず税務上経費性を否認されることを覚悟した予算の性質を持っています。内閣官房に内閣機密費という予算があり、その使途は一切問われないと言われていますが、CEO予備費はそれに近い資金です。従って、これについては日産社内でも使途に口出しできないし、まして特捜部がこれを特別背任容疑の対象とするのは行き過ぎです。

ゴーン逮捕容疑の内容を知るにつけ、ゾッとした経営者は多いと思います。多くの企業で存在するケースだからです。特にオーナー企業、経営者に強い権限がある企業では日産と同じことが行われていると思います。ならばこのような企業では経営者がいつ逮捕されてもおかしくない状況にあることになります。

ゴーン逮捕について日本では、特捜部が間違うはずがなくゴーンが悪いという風潮が支配的のように思われますが、もし日本の経営者がこれを容認するとすれば、明日は我が身となることを覚悟すべきことになります。

 

追伸:1月8日、安倍首相は財界人との会合で、ゴーン事件について「本来、日産の中で片付けてもらいたかった」と述べたと報道されました。この趣旨は、「この事件は日産社内で解決すべき問題であり、特捜部が介入すべきではなかった」ということです。良識ある多くの人々の見解だと思います。