ゴーン事件、正義感の暴走
日産の元会長カルロス・ゴーン(以下ゴーン)は、2018年11月に逮捕され、保釈中にレバノンに逃亡するという離れ業を見せ、日本人を驚かせました。まるで007の映画を見ているような出来事でした。しかしゴーン以外でもやろうと思えばできたことは明らかであり、問題は実行力でした。これを実行できたゴーンは、やはりただ者ではなかったと言えます。さすがに瀕死の日産を立て直し、世界的自動車会社に再生した実力者だけのことはあります。ゴーンの実力は、ゴーンが居なくなった日産の業績が急速に悪化していることが証明しています。
映画を見ているようだったのは、ゴーン逮捕からでした。日産の専用ジェットで羽田空港に到着したところを東京地検特捜部が待ち構えて逮捕し、なぜか専用ジェットに捜査員が入る所まで撮影・報道されました。まるで記録映画を残すためのようでした。
しかし、その逮捕理由は御粗末でした。有価証券報告書にゴーンが報酬を少なく記載したという容疑だというのです。そんなもの訂正させれば済むことです。私はてっきりゴーンがそれを申告せず脱税したものとばかり思っていました。しかし国税は動かず脱税はないことが判明しました。ではなぜ?と思っていると、徐々に背景が分かってきました。有価証券報告書に記載しなかった報酬は、将来受け取ることになっていたものというのです。これについてはゴーンと当時の西川社長がサインした契約書があったようですが、取締役会の承認を得ておらず、日産に支払い義務は発生していません。だから後日日産は引当金を計上しています。確定しているなら未払い報酬を計上するはずです。逮捕されたゴーンやケリー被告は未確定なのだから有価証券報告書に記載する必要はなかったと述べていますが、その通りだと思います。
今回のゴーン逮捕は東京地検特捜部の暴走と考えられます。地検特捜部は2010年に大阪地検特捜部が証拠改竄事件を起こし、その後謹慎状態でした。それが再び表舞台に登場したのは、2018年に森友学園問題からです。この問題を大阪地検特捜部が担当し、近畿財務局で議事録等の改竄などの事実が判明しました。この事件に関しては、これほど分かりやすい犯罪はないと思われましたが、大阪地検特捜部は不起訴処分としました。この事件の首謀者とされる財務省の事件当時の局長は辞任し、改竄された公文書は全て公開するということで、官邸と検察が取引したのは明確でした。
この事件で大阪地検特捜部がクローズアップされたことがゴーン事件の引き金になったと考えられます。これを見た東京地検特捜部は、これ以上に注目される事件を扱うことを狙ったと思われます。それがゴーン逮捕だったのです。ゴーンが日産で不正をやっていることは、2008年頃から検察の耳に届いていたと思われます。それはゴーンが個人会社で行っていた通貨スワップ取引に2008年9月のリーマンショックによりに約18億円の含み損が発生し、銀行から担保差し入れを求められたため、その取引の主体を個人会社から日産に付け替えたとのことです。このことが証券取引等監視委員会に発覚し、検察にも報告されたと思われます。しかし、そのときは同監視委員会の指摘に従いゴーンが元の状態に戻したため、刑事事件とはならなったようです。その後2010年に1億円を超える役員報酬の開示義務が課された結果、ゴーンの報酬が年間約20億円となることが明らかとなり、取り過ぎ批判が起こります。ゴーンは当初欧米基準からすれば当然の報酬と批判を突っぱねていましたが、内心は気にしていたようで、その後日産での報酬を約10億円に落とします。今度はここが同監視委員会から目を付けられたようです。日産はSARという株式報酬制度も採用していたため、この分の報酬を隠しているのではないかと怪しまれたものと思われます。そしてこの嫌疑は日産監査役にも伝えられ、監査役が調査したところSARの不正は確認されませんでしたが、ゴーンの追加報酬を後払いで支払う契約書の存在が明らかになったものと思われます。これを知った監査役は、同監視委員会と相談し、同監視委員会から東京地検特捜部に情報が上がったと思われます。東京地検特捜部では、2018年6月から使えるようになった司法取引制度の効果を示す絶好の機会と考え、これらの経緯を良く知る日産の外国人役員やゴーンの秘書役と司法取引を行い、これらの事実を確認する証言を得たようです。しかし、これらの行為では、未だ日産に損害が発生しておらず、逮捕するには厳しい状況だったと思われます。
そもそも通貨スワップ取引の損失の付け替えは、2008年に発覚したにも関わらず、刑事事件化していません。従って、刑事事件化するとすれば有価証券報告書への報酬虚偽記載容疑しかなかったと思われます。これは、訂正および罰金で済む問題であり、逮捕するような問題でないことは誰だって分かります。しかし、功を焦った東京地検特捜部はゴーンを逮捕してしまいました。
今回のゴーン逮捕は検察史上最大の汚点だと思われます。東京地検特捜部としては、ゴーンの強欲さ、悪辣さを知り、正義感が燃え滾ったものと思われますが、逮捕するような出来事ではありませんでした。またゴーンを逮捕すれば、日産の業績が悪化することは容易に予測出来ました。案の定ゴーン逮捕後日産の業績は急速に悪化し、今後大規模なリストラは避けられない状態です。場合によっては経営危機に瀕する可能性があります。日本での事件化を受け、米国でも2019年9月、証券取引委員会(SEC)がゴーンの報酬・退職金開示不正を問題としましたが、ゴーンは罰金100万ドル、日産は1,500万ドル支払うこと、ゴーンは今後10年間米国で株式公開会社の取締役には着けないことで決着しています。経済的不正には経済的制裁で対応しています。これが妥当な解決方法だと思われます。尚、ゴーンはSECに対して不正行為を認めたわけではなく、罰金を払ってこの問題にけりを付けただけです。東京地検特捜部の今回の暴走は、経済的悪影響よりも正義の実現を優先した結果生じたものです。どこかバランスを失しているように思われます。