検察人事への介入は、政治家の逮捕増加を招く

安倍政権がこの2月7日で定年退職の予定がった黒川東京高検検事長(以下黒川検事長)の退職期限を6カ月延長(今年8月7日まで)したことが非難や憶測を呼んでいます。何でも国家公務員法82条の3に「その職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずる」場合には定年を延長することができるという規定があり、ゴーン逃走などへの対処のため定年年長を決めたという説明のようです。一方その特別法である検察庁法22条には「検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する。」という規定があります。特別法が一般法に優先しますので、この場合黒川検事長には検察庁法の規定が適用されることになります。これについて森法務大臣は、検察庁法が国家公務員法に優先すると認めながら、検察庁法には定年年齢は書いてあるが、定年延長については規定されていないから、定年延長については国家公務員法の規定の適用があり、それに基づいて定年延長したと述べています。

検察官の定年が延長されるのは初めてのケースということであり、その対象が黒川検事長と言うこれまで何かと安倍政権と近い法務官僚と噂されてきた人物であることから、喧々諤々の議論を呼んでいます。黒川氏は東京高検検事長の前は法務省事務次官であり、その前は法務省官房長を5年間務めました。この間、甘利大臣がURとある個人との紛争に関しその個人から口利きを依頼され大臣室で現金を受領し、秘書も現金などを受け取っていたという事件(2016年1月報道)があり、起訴間違いなしと思われましたが、不起訴となりました。また、2018年5月には森友事件における財務官僚の公文書改ざん事件が不起訴となりました。この2つの事件は、これまでの検察なら確実に起訴していた事件でした。これが不起訴になったのは、安倍政権の意向を受けた黒川氏が検察と交渉した結果と言われています。

甘利氏の場合、環太平洋経済連携協定(TPP)担当大臣として功績があったことが考慮されるべきと主張し、森友事件の場合は、主導した財務省の元理財局長が辞任し、改ざんされた公文書は全て公表することで、起訴し裁判を行ったのと近い結果とすることで、黒川氏が検察庁内部をまとめたものと思われます。かなり政治的処理であり、これまでの検察の職務執行のあり方をゆがめたのは間違いありません。

安倍政権は政権に協力した官僚には人事で報いており、黒川氏に対しても法務官僚トップの検事総長にすることで報いようと考えてきたと思われます。法務省官房長から事務次官としましたし、昨年1月には次の検事総長の待機ポストである東京高検検事長にしています。そして検事総長にするという意向があったと思われます。その場合、検察庁法の63歳定年が最大のネックとなったと思われます。黒川検事総長を実現するためには、黒川検事長の定年前に稲田検事総長を退任させる必要があり、その動きがあったものと考えられます。稲田検事総長は現在63歳であり、検事総長の定年は65歳であることから、定年まであと2年近くありますが、慣例では検事総長の任期は2年となっており、今年の7月で退任となります。そうなると次の検事総長にしたかった黒川検事総長が2月7日をもって先に定年となり、検事総長になれません。そこで2月7日以前に稲田検事総長を退任させようというという政治的動きがあったことが想定されます。そう考えて昨年9月の安倍内閣改造を見ると、法務大臣に河井克之衆議院議員が任命された理由が分かってきます。それまでの大臣は前年の9月に任命された検察官出身の山下貴司衆議院議員でした。ゴーン事件が解決していない中で国際派でもある山下法務大臣を代えたことは意外に感じられました。それに河井議員はそれまで安倍首相補佐官を務めていた安倍首相側近でした。安倍首相の直属の議員かと思っていたら、どうも菅官房長官と近いようです。こういう政権中枢の議員を法務大臣にすることは、政権が検察に影響を及ぼそうとしていると見られることから、これまで見られないことでした。それで、「何考えているのだろう、生臭い人事だな」と思ったことでした。河井法務大臣の狙いは、稲田検事総長を退官させ、黒川検事総長を実現することにあったと思われます。検察官出身の山下法務大臣では出来ないと考えたのでしょう。河井法務大臣がこれに向けて動き出したところで検察の政治的独立を求める多数派(検察独立派)が反発し、河井法務大臣の妻である河井案里議員の公職選挙法違反容疑を取り上げ、河井法務大臣辞任に追い込んだものと思われます。しかし、安倍政権も負けずに今度は安倍首相に近く弁護士である森まさ子衆議院議員を法務大臣に任命しました。黒川法務大臣実現に向けて一歩も引かない姿勢を見せたものと思われます。それに対して検察独立派は、IR汚職を取り上げ秋元衆議院議員を逮捕しました。これに関しては相当の議員が関与していることが予想されますので、検察の判断次第では逮捕される議員が増える可能性がありました。こういう中で安倍政権は、特に河井案里議員の公職選挙法違反事件は、ウグイス嬢への日当支払いで同じことを行っていたと報道されている橋本五輪担当相や高橋はるみ参議院議員以外にも多くの議員がやっていることから、捜査の成り行きによっては多数の議員が公職選挙法違反となり起訴される可能性があります。また、河井案里議員の夫である河井克之議員も連座する可能性があることから、これも阻止したいところでしょう。同時に菅官房長官に近いと言われる菅原前経済産業相の公職選挙法違反容疑もあります。安倍政権としては、これらをまとめて阻止したいところです。黒川検事総長実現に向けて動き出していた中では、黒川検事長は検察内で調整機能を果たせません。そこで黒川検事長の定年を延長して、黒川検事総長実現を目指す姿勢を見せて、検察から公職選挙法違反容疑の捜査は、河井杏里議員で終了とし、これ以上拡大しないという確約を取り付けようとしていると考えられます。この場合、黒川検事長の定年延長は、検察との交渉手段ということになります。

この後の展開としては、次の3つが考えられます。

1つは、稲田検事総長が慣例である2年の任期満了の7月で退任せず、黒川検事長の定年延長期限(8月7日)が切れることです。稲田検事総長の2年という任期は慣例であり、法律に規定はありません。法律に規定があるのは、検事総長の定年は65歳ということです。だから稲田検事総長は法律上あと1年続けられます。それに検事総長は、懲戒免職か検察官適格審査会で不適格とされない限り、辞めさせることはできません。その結果、稲田検事総長が自らやめない限り稲田検事総長が定年となる来年8月14日まで安倍政権は辞めさせることができないことになります。稲田検事総長としてはここまで覚悟していると思われます。

2つ目は、黒川検事長の今年8月7日の定年延長期限切れまでに次の検事総長を黒川氏以外に決定し、この問題に決着を付けることです。いまのような状態で黒川検事総長になっても検察内がまとまらないばかりか、将来政権交代のたびに同様なことが起きます。その結果、検察は国民から信用されない組織となります。これは検察が一番避けたい事態だし、安倍政権も黒川検事長も同じだと思います。この場合、検察がウグイス嬢の日当を巡る公職選挙法違反容疑の捜査をこれ以上拡大しないことを約束することが前提となります。そもそも公職選挙法の15,000円の日当が実体と乖離した規定になっており、この規定が実体に合わせて改正されていないことに問題がありました。従って、検察としても飲めない条件ではありません。

3つ目が、このまま安倍政権が黒川検事総長実現に向け、突き進むことです。この場合、稲田検事総長が退任しない可能性が高く、実現は難しいと思われます。万が一安倍政権の思惑通りになった場合にも、検察は国民から政権の思惑で動く組織と見なされることから、検察はこれを払拭するため、国会議員の汚職の摘発を強化すると思われます。河井案里議員と同じ違反をしている議員は多いと言われており、摘発しようとすれば幾らでも摘発できます。検察はこういう摘発を繰り出し、検察の政治色の払拭を図ってくると思われます。即ち、政権の検察人事への介入は、国会議員の摘発強化という事態を生むことになります。

私は、2番目の可能性が一番高いと想像します。