メーカーの社長は技術系でないと

日本電産の永守会長は2月4日、4月1日付で元日産の副COOの関潤氏を社長にする人事を発表しました。現社長吉本浩之氏は副社長に降格するということです。オーナー創業者だからできる人事です。吉本社長は2018年6月に社長に就任しており、吉本社長決定の記者会見で永守会長は、吉本氏を社長にした理由の1つとして「京都出身で京都語が通じるから」と言っていました。私はこの意味を、京都で育った人にしか分からない以心伝心があるのだろうと解釈しました。

吉本氏は大阪大学人間学部卒で、就職後カーネギーメロン大学に留学し、MBAを取得していますので、根っからの文系人間です。大学卒業後に就職したのが日商岩井という商社ですので、商品の売買の取次をしていたことになります。その後2010年、42,3歳のときにカルソニックカンセイという自動車部品の会社の専務に転じ、その後2012年に日産に転じています。2014年にはタイ日産の社長に就任し、2015年に日本電産に入社し日本電産トーソクの社長に就任、翌2016年に日本電産の副社長に、2018年6月に社長に就任しています。

この人事に対して私が疑問を持ったのは、吉本氏は文系人間であり、かつ商社勤務が長いことから、製造現場の経験が無かったからです。日本電産はモーターの製造・販売の会社であり、メーカーであることから、製造現場の経験がない人が社長として重要な決断ができるのか疑義がありました。メーカーの場合、事業の成功は商品の品質やコストで決まります。競争力のある商品を作り、供給することができなければ生き残りは困難です。日本電産が1兆5,000億円を超える企業に成長できたのは、永守会長が自ら開発・製造に従事し熟知したモーターという商品が主力だったからです。だから大きな設備投資やM&Aも決断でき、社員も着いてきて成長できたのです。メーカーにおける事業の決断において最も必要とされるのは、商品や製造現場、製造プロセスを知っていることです。販売についてはデータを見ればある程度分かりますし、販売は商社に任せる手もあります。従って、メーカーの社長は、技術系で工場経営の経験がある人でなければなりません。吉本社長はこの原則に当てはまらないのです。従って私はこの社長交代は上手く行かないと思いました。永守会長は吉本社長の前には、興銀出身で米国でMPA(行政修士)を取得し、興銀からGEの子会社、そしてカルソニックカンセイの社長を務めた呉文精氏を社長含みで招聘しましたが、担当した事業で実績を上げられず、呉氏は日本電産を去りました。呉氏は吉本社長より永守会長の評価が高かったと言えます。その呉氏さえ社長になれなかったのだから、吉本氏に社長が務まる訳がありませんでした。その後呉氏はルネサスエレクトロニクスの社長に就任しましたが、自ら主導したM&Aで業績が悪化し、社長を退任(解任)しています。従って、永守会長が呉氏を社長にしなかった決断は正しかったことになります。その呉氏も文系出身者で、経営計画を作成することや経営について語ることは得意でしたが、製造現場の経験がなかったことから、メーカーの経営は分かっていなかったと思います。メーカーの経営は工場にどっぷり漬かった経験がないと分からないと思います。永守会長は日本電産を町工場から始め大企業にまで成長させたのだから、このことは骨身に染みて分かっていると思っていましたが、分かっていなかったようです。そして違う畑の秀才が良く見えていたと思われます。

今回の関氏の社長就任は、永守会長が社長選びの失敗の果てに辿り着いた結論のように思われます。何故関氏になったか?それは関氏が自分に似ているところがあったからだと思います。関氏は防衛大出身で命を懸ける覚悟があり、日産では工場勤務が長く、製造現場を熟知しています。その後米国勤務や中国の子会社社長の経験がありますから、日本電産が今後大きく売上を伸ばさなければならない米国、中国市場も分かっています。それに日産では実績的に次の社長に一番近かったのに、ルノーと日産の駆け引きにより新体制ではNO3にされるという屈辱を味わっており、反骨精神も旺盛です。永守会長にとっても関社長でだめなら次の10兆円計画の達成はないという覚悟だと思います。

なお、西川社長退任後の日産では吉本社長と同じく文系(同志社大学神学部)出身で、同じく日商岩井から転じた内田氏を社長にしました。どうもルノーと日産の共同購買プロジェクトの日産側責任者だったことから、ルノー側の評価が高かったようです。日産は売上高10兆円を超えるメーカーであり、社長には工場経営経験者がふさわしいと思われます。ゴーンも工場経営の経験があったからこそ、日産にやって来て直ぐに大リストラを実施し、短期間で再建できたのです。

現在多くのメーカーで文系社長がいますが、これは長期的には経営を傾かせることになりますから、いずれ技術系の人を社長にする道筋を作っておくべきだと思います。メーカーを作ったのは技術系の経営者であり、メーカーを潰すのは文系の経営者です。