日産、宣言なき非常事態
4月9日、日産が銀行に対して5,000億円のコミットメントライン(融資枠)の設定を要請したとの報道です。コロナ感染拡大に伴う生産停止や販売減少による収入減少に備えてとのことです。あの優良企業トヨタも1兆円の融資枠の設定を要請していますから、これ自体不思議なことではありません。しかし、トヨタと日産では、銀行の対応が全く異なると考えられます。トヨタは現在6兆円に上る現金・有価証券を保有していることもあり、今回の融資枠は実際には使われない可能性が大きいと考えられます。融資枠を設定するとその枠に応じて手数料(コミットメントフィー)が支払われますから、融資が実行されなければ銀行はリスクなしで手数料を得られ、美味しい商売です。従って、銀行はトヨタの要請はすんなり承認すると考えられます。
一方日産の要請については、交渉は難航することが予想されます。日産は2019年12月末で約1兆2,000億円の現金預金、2,000億円の有価証券を保有しているということですが、今後の業績を考えるとこれを使い切り、融資枠が実行される可能性が高いのです。もちろん融資を実行する前提での融資枠の設定ですから、融資枠が設定されれば融資が実行されるのは当然です。しかし銀行は、融資枠設定契約書の中に、融資が実行されるためにはある一定の財務比率が満たされていることという条件(財務制限条項)を入れています。これは融資枠設定後計画以上に業績が悪化した場合には融資を実行しないことにするためです。従って、この条項に引っ掛かり融資が実行されないこともあるのです
日産は2018年11月にカルロス・ゴーン元会長が東京地検特捜部に逮捕されて以来業績が急激に悪化しています。逮捕される前の2018年3月期が営業利益5,747億円だったのに対し、逮捕後の2019年3月期は営業利益3,182億円となっています。また今期も2019年12月第三四半期累計では営業利益は543億円に留まっています。その時点での2020年3月期の予想では営業利益850億円となっていましたが、2月以降コロナの感染拡大の影響で業績は急激に悪化したと思われます。私の予想では、営業利益は1,000~2,000億円の赤字だと思います。4月はもっと悪化していますし、6月頃までは回復の兆しは見えないと予想されます。7月以降コロナの影響は収まり、自動車の販売は徐々に回復すると考えられますが、それでも昨年までのレベルには達しないと考えられます。また日産は、米国市場の不振が深刻であり、今回のコロナ問題で回復不能な状態に陥った可能性があります。と言うのは、日産は米国市場では安売りしないと売れなくなっており、自動車メーカーとして必要な存在ではなくなっているからです。コロナ問題がこれを決定付けたと思われます。その他欧州でも不振であり、欧州はルノーに任せる形で棲み分けが進むと思われます。また東南アジアは三菱自動車が事業の中心となると考えられます。そして日本では年間61万台くらいしか売っておらず、国内販売台数では第5位の状態です。
残るは年間156万台(2018年度)売る中国市場が頼みの綱となります。
こう考えると2020年度の販売台数は大幅に落ち込みことが予想され、国内外の工場のリストラは避けられません。このリストラ費用に数千億円が必要となりますし、販売も低迷することから、今期は5,000億円を超える赤字も予想されます。これで留まればまだ生き残れますが、一旦弱体化した巨大企業が再生するのは容易ではありません。1つ再生の可能性が高まる方法とすればルノーとの経営統合です。これを実施すれば、日産はルノーの一部門となり、フランス政府の支援を受けられることになりますから、銀行も安心して融資枠の設定に応じると思われます。
こう考えると、日産単独での融資枠設定交渉は難航することが予想されますし、融資枠を設定できたとしても、いざ融資を実行する段階になって財務制限条項に引っ掛かり融資を受けられないこともあり得ます。今回の融資枠の設定がルノーとの統合を後押しすることになると考えられます。コロナでは非常事態が宣言されましたが、日産は宣言なき非常事態となっていると思われます。