さあこれから公取が携帯3社の寡占にメスを入れる!

参議院は4月17日の本会議で、公正取引委員会(公取)委員長に古谷一之前官房副長官補を充てる政府人事案を可決し、承認しました。衆議院は同月14日の本会議で可決していますので、これで古谷公取委員長体制が始動することとなります。これまで私は公取委員長人事には全く興味がありませんでしたが、今回の人事には興味があります。それは前委員長時代の公取は、家計が一番被害を受けている携帯3社の寡占問題には全く取り組まず、些末な問題のみに取り組むという「やってるふり」が多かったからです。

前委員長時代に公取が取り組んだ事案としては、長崎県の十八銀行と親和銀行の合併、リニア中央新幹線工事の建設会社談合事件、そして楽天送料無料問題が挙げられます。

十八銀行と親和銀行の合併は、長崎は人口減少が著しく、2つの地銀では早々やって行けなくなることは明白で、合併は時代の要請でした。それを公取は、統合後の銀行の融資シェアが高過るとして、債権譲渡などでシェアを低めるよう主張し、統合審査を長引かせました。銀行には、金融庁という監督権限の強い監督官庁があり、銀行業界は金融庁の指導でどうでもなります。公取の本件に対する取り組みは、誰が見ても妥当性を欠くものでした。

リニア中央新幹線工事の談合事件は、大手建設4社が談合して工事を分け合っていたと言って、東京地検と公正取引委員会が大手建設4社に調査に入ったものです。このうち大林組と清水建設は容疑を認めましたが、大成建設と鹿島は否認しました。リニア中央新幹線と言えば、JR東海が自費で建設する計画で、国家資金の投入を拒み続けてきたプロジェクトです。それを大阪までの早期延伸を旗印に政治が介入し、無理やりJR東海に国家資金の投入を飲ませたものです。談合事件に関わる建設工事は、東京駅と名古屋駅に関するものであり、国家資金の投入前から動いていたものです。それを無理やり国家資金を押し込んでおいて、多額の国家資金が投入されるプロジェクトで談合を行うとはけしからんとは、ちょっとおかしいと思います。JR東海が自費でプロジェクトを進めていたら、なんら問題(刑事事件や独占禁止法違反)にならなかったのですから、JR東海や建設4社にとっては、だまし討ちとも言える話です。これによる効果は、建設工事の遅延のみです。公取の得点稼ぎとしか思えない、いわゆる筋の悪い案件です。

そして今年1月に、楽天が出店者に3,980円以上の売上については送料無料とする規則を適用することを発表したところ、一部の出店者が反発し、公取に優先的地位の乱用として申し立てたことから、公取は2月10日に楽天に調査に入りました。調査中に楽天が3月18日から実施すると発表したことから、公取は2月28日東京地裁に緊急停止命令を申し立てました。3月6日、楽天はコロナ問題による混乱から3月18日から始める送料無料化は希望する出店者に限るとしたため、3月10日公取は緊急停止命令の申し立てを取り下げています。

この問題はネットモール事業の存亡に関わることであり、決定権はネットモール事業者にあります。その方針に従えない出店者が退店できない、あるいは退店すると高い違約金を取られるというのなら、それは公取の取り締まりの対象だと思います。それはなかった訳で、従えない出店者は自由にアマゾンやヤフーなど他のモールに移ることが出来ました。ならば優越的地位の利用でもなんでもありません。当時GAFAと言われる世界的IT企業が市場を独占している弊害が出てきたことから、世界的に規制が必要と言う流れがありました。日本でも管轄を巡り各省庁の縄張り争いがある中で、公取は楽天問題に介入することで、この問題は自分の縄張りであるとアピールしたかったものと考えられます。

公取が昨年来本当に取り組むべき問題は、携帯3社による協調的寡占の排除だということは自明のことでした。携帯3社は料金や取引条件をほぼ同じ内容として乗り換えを防止し、シェアを固定し、高い利益を確保してきました。携帯3社の2019年3月期の決算は、売上高約13兆円、営業利益約2兆8,000億円、営業利益率約21%という高収益でした。この状態が数年続いているのです。携帯電話は電気・ガス・水道と同じように国民の生活インフラおよびライフラインとなっている公益事業です。同じ公益事業である電力9社の2019年3月期の決算は、売上高約19兆円、営業利益約9,500億円、営業利益率約5%です。これが本来の公益事業の在り方であり、携帯3社は公益事業で国民収奪を行っていることが分かります。このことに気付いた菅官房長官が2018年8月、「携帯料金は4割引き上げる余地がある」と発言し、この問題がクローズアップされました。その後所管の総務省は有識者会議を設け、値下げのための対策を実施しましたが、どれも骨抜きになるような内容で、携帯3社の利益は逆に増える結果となりました。総務省の通信政策グループと有識者会議のメンバーは共にこの携帯3社の高収益体質を作ってきた仲間であり、携帯3社の不利益になるような対策を打つわけがなかったのです。

そして2020年も新しい事業年度に入りましたが、携帯3社の高収益構造は手つかずの状況です。更にコロナの感染拡大で非常事態宣言が出され、外出自粛となっている状況では、ゲームやオンライン授業などでスマホを使う場面が増え、通信量が激増しています。その結果、2020年度の携帯3社の営業利益は4兆円に達することが予想されます。国民がコロナの影響で明日の生活費に困り果てている状況で、です。

そして4月8日には、菅官房長官が携帯料金値下げの切り札と期待した楽天モバイルが第4のMNOとして営業を開始しましたが、ここでも携帯3社が立ちはだかりました。楽天が設定した料金は月2,980円と携帯3社の料金体系を破壊するような魅力的なものでした。しかしそれは楽天の基地局が少ないため、当面KDDIから通信回線を借りる必要があり、通信量が2Gを超えると1G当たり500円(10Gで5,000円)の別料金が掛かります。その結果楽天の通信料は携帯3社より割高となり、楽天と契約するメリットがなくなってしまったからです。KDDIでは通信量無制限で月5,000円を切るプランを用意していますので、楽天への回線使用料がべらぼうに高額なことが分かります。これではMVNO(格安携帯会社)の料金が下がらないのは当然ですし、MVNOの契約が増えたら携帯3社が儲かることとなります。

携帯3社の所轄官庁である総務省は、携帯3社と同じ穴のムジナであり、本気で値下げを実現する気は全くありません。だとすれば公取に期待するしかありません。

今回公取委員長になる古谷氏は前内閣官房副長官補であり、菅官房長官に長い間仕えた人です。上司の杉田内閣官房副長官が78歳と高齢なことから、古谷氏が交代で昇格という話もあったようです。これを公取委委員長に持ってきた人事は菅官房長官が決めたと思われます。菅官房長官が「携帯料金は4割下げる余地がある」と発言しても携帯3社は無視を決め込んできました。そして所管が総務省であったことから菅官房長官は何もできずにここまで来ました。そしてついに公取委員長に腹心を送り込むことが出来ました。ここから通信3社に公取のメスが入ると思われます。(期待です)。