ゴーン逮捕には指揮権を発動すべきだった

この標題を見て「何をバカな」と思われた方は多いと思います。しかし私は本当にそう考えています。それは(1)ゴーン逮捕は冤罪か、犯罪に該当したとしても軽微で逮捕するものではなかったこと、および(2)ゴーン逮捕が日産に危機をもたらし、多くの雇用が失われることが確実だったから、です。

(1)についてはこれまでもずっと主張してきましたし、郷原信郎弁護士と見解を一にしています(郷原先生を同列に扱い、先生には失礼となりますが)。要するに逮捕理由になった有価証券報告書虚偽記載の事実は存在しなかったし、特別背任容疑は検察が無理やり追加したものです。先ず有価証券報告書に記載すべき追加の報酬は、未だ確定していなかったことは、日産がその後未払い報酬ではなく、引当金を積んだことでも分かります。未払い報酬は、支払が確定しており、支払い時期が後になっている報酬ですが、引当金は、支払われるかどうかが確定していないものです。即ち、日産としても確定した支払い報酬はなかったと認めていることになります(日産は未払い報酬にしようとしたのでしょうが、監査法人が認めなかったと思われます)。これで有価証券報告書に記載すべき追加報酬は存在しなかったということになります。(2)については、1つはゴーンが個人的に運用していた金融資産の損失を日産に付け替えたと言う問題ですが、付け替えは事実でしたが指摘を受け速やかに解消しており、日産に損害は発生していませんから、特別背任罪にはなりません。2つ目は、ゴーンに使途を任されたCEOリザーブという予算からサウジアラビヤの友人などに不当に資金を流していた、またはゴーンの関係者に還流させていたなどを指しています。日産は当時中東で20%以上のシェアを有しており、これだけのシェアを確保するにはそれ相当の軍資金が必要なことは常識です。従ってゴーンがCEOリザーブから支払った資金の中には当然グレーの資金もあったと思われます。CEOリザーブとはそういう内容を明らかにできない用途に使われるという理解ですから、事後にこれを取り上げるのはおかしいのです。一般の企業にも税務否認を覚悟し、内容を明らかにしないた費用が存在しますし、政府には内閣官房費という使途を一切明らかにしない予算があります。だからCEO予備費の支出を捉えて特別背任容疑とするのはルール違反なのです。従ってゴーン(およびケリー容疑者)は無罪であり、逮捕すべきではありませんでした。(ただし、ゴーンはレバノンに逃走した時点から犯罪人です。)

それと合わせ、企業経営が分かる人なら、ゴーンが逮捕されれば日産が潰れると即座に想像できたはずです。日産が潰れれば何十万と言う雇用が失われます。これは消費税引き上げにより弱った日本経済に深刻な影響を与えます。日産は1999年倒産の危機に瀕し、フランスのルノーの出資を得ました。そして日産再建のために送り込まれたのがゴーンであり、ゴーンはものの見事に日産を立て直しました。日本には乗用車会社が7社もあり明らかに過剰であり、どこか淘汰されるのは必然の状況でした。その中で規模が大きく、財務内容が悪く、かつ労使の関係が悪い日産はその筆頭候補でした。日本の他の乗用車会社にとっては、「よくもまあ再建したな。ゴーン恐るべし。」という感じでした。そして日産はゴーン1人で持っている会社であることは明らかでした。だから、日本の乗用車会社の経営者は、ゴーン逮捕を聞いて「これで日産が潰れる!」と予想したはずです。それくらい日産はゴーン1人で持っている会社でした。検察の幹部にこれが分かる人がいたら、起訴できたとしても、犯罪の性質と日本の社会に及ぶ悪影響の大きさを考量し、不起訴と判断したと思います。そして検察が正義感に駆られて暴走したときに、社会全体への悪影響を考えて起訴を止めさせるための制度として、法務大臣指揮権があります。法務大臣にはこのような大局的判断力こそ求められるのです。ゴーン逮捕により多大な雇用が失われることを防ぐために、法務大臣は、指揮権を発動してゴーン逮捕を中止させるべきだったのです。当時の法務大臣は山下貴司氏で2018年10月2日の内閣改造で就任しています。山下氏は検事出身で法務省では国際畑が長いという特徴があります。ゴーン逮捕はその翌月の11月ですから、ゴーン逮捕についてはかなり早くから官邸に話が来ており、フランスとの国際紛争に発展することを見越して山下氏を法務大臣に起用したと予想されます。そうだとすれば法務大臣指揮権は期待できなかったことになります。

この私の見解については暴論と考える方が多いだろうと思います。しかし、これから日産に起こることを見れば、この見解の妥当性を理解して頂けると思います。

 

(参考)2019年2月7日のブログ「ゴーン事件、SECの対応を見習うべき」から

 

電気自動車で有名なテスラの最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスクが2018年8月7日ツイッターに「1株420ドルで非上場化を検討している。資金は確保した」とツイートし、株価が10%程度上がりましたが、直ぐに実現性に疑義が生じ、その後30%近く下落しました。これにより多くの投資家が損害を被ることとなりました。当然SECが調査に乗り出しました。

私もこれは大変な問題になると思いました。マスクは証券取引法違反で逮捕されるだろうと予想しました。しかし、SECは約2か月後の9月末にはテスラと和解したのです。和解合意では、マスクとテスラのそれぞれが2000万ドル(約22億8000万円)に上る制裁金をSECに支払うほか、マスクは会長職を退き、同社は2人の独立した取締役を任命する、という内容でした。私たち日本人からすると、大勢の人に損害を与えるという悪いことをしたのだから、お金で解決すのではなく、刑事罰を科すべきだろうと思います。しかし、よく考えると、この方が従業員や工場を抱える地域経済などに与える悪影響を小さくすることが出来るのです。もし、マスクを逮捕すると、生産がうまく行かず資金問題を抱えるテスラは、倒産する可能性が高まります。倒産すれば、多くの従業員が職を失い、工場などがある地域経済も大きな打撃を被ります。SECはこれを避けることを優先したと考えられます。