河井夫妻裁判で証言した議員は結局失職する?

河井案里・克行夫妻の公職選挙違反事件の裁判が終わりに近づいているようです。案里元参議院議員は今年1月21日に有罪の判決を受け、2月3日に参議院議員を辞職しています。克行衆議院議員も3月23日の裁判で買収容疑を認め、4月1日に辞職しました。これでこの事件は一件落着のように見えますが、実はそうではありません。河井夫妻からお金を貰った人が何の処罰を受けていないのです。本件で河井夫妻からお金を貰って買収された人は100人以上と言われており、その大部分が広島の地方議会の議員です。そしてその多くが買収されたことを認め、法廷で証言しています。これまでこの種の事件では、お金を貰ったことは認めても政治資金であり買収されたのではないと主張するのが常でしたが、今回の事件では多くの議員が買収目的だと思ったと認めています。通常公職選挙法買収容疑の事件では、買収者および被買収者が同時に起訴されていましたが、今回の事件では起訴されたのは買収者である河井夫妻のみで、被買収者が1人も起訴されていません。公職選挙法の買収罪は、買収者と被買収者がいて成立しますから、これは不自然です。この背景には、検察が河井夫妻の有罪判決を早期に得られるよう被買収者が買収されたことを認めれば起訴しないとの約束をしているのではないかと言われています。これは司法取引ですが、司法取引が使える犯罪は特定されており、公職選挙法違反では使えません。即ち、検察はこのような約束はできませんし、したとしても無効です。しかし検察から何らかの約束が無ければ被買収者の多数が買収の事実を認め、更には裁判で証言するとは考えられませんので、取り調べの段階で検察官が何らかの約束をしたことは間違いないと思われます。

河井夫妻の裁判が事実上落着したことから、今後は被買収者の取扱いが焦点となります。被買収者は市民団体から告発されており、検察は何らかの処分をしなければならない立場です。買収を認めた人は確実に買収罪であり、不起訴は考えられません。検察としては、金額が少ない、本人は反省し裁判で証言までしたことを理由に不起訴にするつもりかも知れません。

同じようなケースとして森友事件の際の近畿財務局の公文書偽造事件と黒川東京高検検事長の賭けマージャン事件があります。前者の場合、偽造を指示した佐川国税庁長官(当時)が辞職、監督者の立場にあった官僚は懲戒処分となったことを考慮し、検察審査会は不起訴不当の議決をしました。不起訴不当だと検察は再度捜査をしますが、処分が覆ることはなく再び不起訴の処分を行い終了となるのが普通ですし、本件でもその通りとなりました。これは処分を行った大阪地検のシナリオ通りだったと思われます。大阪地検は検察審査会で不起訴不当の議決に留める(起訴相当の議決を出させない)ためには佐川長官の辞職が必要と政府に迫ったものと考えられます。後者については、東京地検は不起訴不当議決を予想していたと思われ、起訴相当議決は予想外だったと思われます。しかしその場合でも東京地検は黒川氏にダメージが残らない処分方法を確保していました。それが3月18日の略式起訴です。これは簡易裁判所に罰金処分を申し立てるもので、本人が同意すればそのまま刑が確定し裁判に移行せず弁護士活動も可能であり、黒川氏には何のダメージもありません(暫く弁護士登録はできないでしょうけど)。東京地検は最初の処分前からここまで考えていたと思われます。

公職選挙法違反買収の場合、検察の求刑基準では、貰った金額が1万円未満の場合は起訴猶予、1万円~20万円は略式起訴(裁判なしで罰金刑)、20万円を超える場合は起訴(裁判でで刑が確定)となっているようです。これに照らすと被買収者の大半は起訴、一部の少額の被買収者のみが罰金となります。今回買収を認めて裁判で証言した被買収者については、検察が処分に便宜を図ることを約束していると思われ、反省し証言したしたことを理由にこの基準を適用せず、20万円以上受け取った被買収者は略式起訴で罰金刑、1万円~20万円の買収者は不起訴としてくることが考えられます。こうすれば検察は約束を守ったことになります。こうなった場合、不起訴となった被買収者については、検察審査会に不起訴不当の審査申立がなされると思われます。これを検察審査会がどう裁くか予想が難しいところです。証言したことを評価する審査員が多くなり、不起訴妥当や不起訴不当の議決に留まる可能性もあります。一方買収罪の成立は明確として起訴相当の議決がなされる可能性もあります。後者の場合、検察は再処分で罰金刑を下すと思われます。

罰金刑でも5年間の公民権停止となるので、議員の地位を失うと共に5年間立候補することもできません。これをもって被買収者が検察は約束を守ったと考えるか、検察に騙されたと考えるか、微妙なところです。