公務員65歳定年延長は「百害あって一利なし」
菅首相は公務員の定年を65歳まで延長する法案を今国会に提出すると表明しました。しかしこの法案は、日本にとって「百害あって一利なし」です。以下に理由を述べます。
先ず菅首相は、この法案の主旨として「豊富な知識、技術、経験などをもつ高齢期の職員に最大限活躍してもらい、複雑・高度化する行政課題に的確に対応していくためには定年を引き上げることが必要だ」と説明しました。この説明を大学の試験答案に書いたらD評価だし、企業の稟議書に書いたら決裁は取れません。全く実体から乖離した浮薄な説明になっています。安倍前首相の挨拶が良くポエムと揶揄されましたが、それの流れをそのまま引き継いでいます。たぶんこの法案は安倍政権時にも提出されましたら、説明もそのまま用いたのでしょう。60歳を過ぎた人が複雑・高度な行政課題に対応できないのは社会の道理です。その結果がいつ表面化してもおかしくない日本の財政破綻状態です。日本の国債残高は約1,000兆円でGDP比約200%ですから、税収などで返済するのは困難です。いずれデフォルトするしかありません。デフォルトというとギリシャを思い浮かべますが、日本の場合はギリシャのようにはなりません。ギリシャの場合、国債の保有者の多くは海外の金融機関だったため、新しい資金が入ってこなくなり大混乱となりました。日本の場合、国債の保有者は国内投資家が大部分(8割以上)であるため、大騒ぎになりにくいと考えらえます。それに決定的に違うのは、日本の国債の54.5%(2021年12月末)は日銀が保有していることです。日銀の出資口数の55%を財務省が持っており、日銀は会社で言うなれば財務省(国)の子会社です。子会社が親会社へ債権を持っていても取立てませんし、親会社が吸収合併してしまえばその債権は消滅してしまいます。子供が親に借金があっても親が死亡し相続すれば借金が消えるのと同じ理屈です。従って、財務省は日銀保有国債については、このようにして消滅させることを想定しています。だから日本の実質的な借金としての国債は半分の約500兆円であり、GDP比約100%で米国並みだという考えだと思われます。しかしこの日銀保有国債を消滅させる事態が起きれば、世界的にはデフォルトと見做され、日本の信用が暴落すると考えられます。その結果、短期的であっても、円の暴落、輸入物価の高騰、円が決済通貨として使えなくなる、円と外貨の交換停止などの混乱が生じることとなります。だからこの事態は何としても避けなければなりません。
来季の予算は支出106兆円で、収入の内訳は税収55兆円、国債50兆円が予想されます。収入の半分近くを国債が占めており、このトレンドは今後も変わらないと予想されますので、日銀が保有する国債のデフォルトに向かってまっしぐらです。財務省および政府としては、この事態はなんとしても避けたいところですから、増税など国民負担の増加を打ち出してきます。収入が増えない中で大幅な増税は国民の反発を受け、政権与党が選挙で敗北しますので、それ以外の国民負担の増加を行って来ます。大きいところでは、国民健康保険の自己負担率の引き上げや年金掛け金の引き上げと支給額の減額がなされます。国民健康保険は、今の3割負担から5割負担への引き上げは確実です。年金掛け金も2,3割引き上げになりますし、支給額は2割カットになると予想されます。それに定年が65歳に引き上げられたことを理由に年金支給年齢を70歳に引き上げます。このように増税ではない形での国民負担の引き上げラッシュとなります。これが公務員の定年を65歳に引き上げる最大の理由です。
公務員の65歳定年延長は、国家財政を確実に悪化させます。定年延長後の公務員の給与は60歳時の7割程度とされており、例えば60歳の年収を800万円とすると560万円になります。これに国は年金や健康保険料を半額負担しますから、国の負担は年収の1.5倍程度の約800万円となります。更に雇用期間の増加に伴い退職金が増加します。これなら61歳から年間約300万円の年金を支給した方が国の財政負担が軽くなるのは明白です。これは年金支給年齢を70歳まで引き上げてもカバーできません。
第二に、今でも60歳で定年後は63歳まで選択的再任用が行われています。選択的というのは技能、意欲などを考慮して再任用されない公務員もいるということです。今回この法案が成立すると、現在再任用されていない公務員まで65歳まで雇用することとなります。要するにこの法案は再任用制なら任用されない公務員を65歳まで雇用する義務を負わせることになるのです。即ち不良公務員救済法にほかなりません。
第三に、これは国内要因だけを考えたものであり国際競争が全く考慮されていません。お隣韓国は既に1人当たりGDPで日本を抜いており、その勢いは止まることを知りません。企業で見ても昨年のサムスン電子の授業員1人当たり年収は約1,220万円となっており、トヨタの1.5倍であり、日本の商社や金融機関並みです。その他の大企業も日本の大企業以上の年収となっています。それに韓国大企業の大卒初年度の年収は約410万円ということであり、日本の300万円台と大きな差があります。韓国は輸出の比率がGDP比約42%(2017年度)と高く(日本は約16%)、社会システムが国際競争に勝つことを目的に作られています。その結果、韓国大企業の平均退職年齢は約50歳と言われています。しかし初任給が高く、在職中の給与も高いことから、生涯賃金は日本の大企業社員が60歳定年まで働いた生涯賃金より高いと考えられます。日本と韓国の勢いの差は国際競争力の差、輸出力の差であり、日本がGDPを増やし、税収を増やして国家財政を立て直すには、輸出を韓国並みに増やすしか方法はありません。これは菅首相の経済ブレインと言われるデービット・アトキンソン氏が唱えていることです。
第四に、公務員の定年を65歳まで延ばせば公務員の定員が一杯となり、若者の雇用が減ります。厳しい国家財政の中、公務員定員を増やすという道はありえません(今の政府ならやりそうですが)。既に子育ても終わり、働く意義もない公務員の雇用を延長することに無理があります。今の選択的任用制で十分なのです。このように公務員の定年延長は、若者の雇用に確実にしわ寄せが来ます。
以上のとおり公務員定年65歳延長は、[百害あって一利なし]です。