田舎の子供が決定的に劣るのは「ライフコースの解像度」

私は新聞をとっていないので、ヤフーニュースをよく見ます。あまり深いニュースはないのですが、たまに考えさせられる記事があります。先週もこんな記事に出会いましたので、ご紹介します。

この記事の筆者は東北地方の高校から京都大学に入学し、現在落語家をしている人のようです。京大に入学してから気付いた地方と都会の子供のギャップについて書いています。この筆者は京大に入学して、これから受験勉強から解放され自由な人生が始まると感じていたということです。しかし周りの都会出身の学生に接して、彼にとって大学入学は人生設計の通過点であり、次の目標を目指して学校生活を過ごしていることに気付きます。それに対して自分はここまで大学に合格することが目的の全てであり、東大や京大に合格すれば、地方では人生の成功者になったような気分になれたと言います。ここが都会の子供と地方(田舎)の子供の最大の差、埋めがたいギャップではないかと言っています。

確かに現在は地方でもインターネットで一流の講師の授業を受けられるようになり、都会と田舎の学習環境の差は埋まってきています。そのため今年の大学合格実績を見ると難関大学で地方公立高校が合格者を増やしています。最近はインターネット授業に小中学生コースもできたようなので、中学受験で開いた都会と田舎の子供の学力差がこれから埋まってくると考えられます。その結果、地方から東大や京大などの難関大学に合格する学生が増えてきます。しかし、都会の子供は小さいときから様々な職業に接しており、早くからなりたい職業を決めていることが多いです。なりたい職業を決めて、それを実現するための進路計画を立てています。そのための最大の通過点が大学入学ですが、それはあくまでも就きたい職業に就くための通過点に過ぎません。例えばアナウンサーになると決めたら、アナウンサーになった人が一番多い大学に入学し、それから有名なアナウンサースクールに通います。弁護士になると決めたら、司法試験の合格者が多い大学に入学し、それから大学内の有名な勉強会に入ります。または外部の司法試験予備校に通います。このように大学合格は、将来の就きたい職業に就くための手段の一部に過ぎなくなっています。会社に就職する人も同じで、都会の子供は親が有名企業に勤めていることが多く、そのため自分の就職希望先も有名企業になります。有名企業に就職するためには、その企業が採用したくなるような売りが必要であり、それを身に付けることが大学でのテーマになります。こうなると大学に合格することだけが目的だった地方の学生と明確な差が出てきます。

この筆者のように入学後すぐ気付けばまだ良い方です。私は大学4年の秋になって初めてこのことに気付きました。私が学生の頃は就職協定があって会社訪問は4年生の10月1日からとなっていました。私も田舎出身でしたからこの筆者と同じく大学に合格することが目的の全てで、それ以降の将来計画は何もありませんでした。というより4年の秋になるまで就職について考えたことさえありませんでした。4年の7月頃大学で同じ学年の知人の下宿を訪ねたら、有名生命保険会社から内定を貰ったと言います。更にあの同学年生はどこに決まったと次々に名前が出てきます。私は「あれ、会社訪問は10月1日からじゃないの?」と聞くと「建前はそうなっているけれど、3月くらいから会社訪問に行き、6月には内定が出ている。」と言っていました。私は現実を知って愕然としました。結局1年留年し、翌年たまたま採用となった大手メーカーに入社しました。就きたい職業が最後まで明確でなかった当然の帰結でした。そしてこれが自分の人生を決めたような気がします。その後私は3社を渡り歩くことになり、最後まで自分がやりたい仕事が決まらなかったような気がします。

これは本人の資質の問題であり、都会と田舎育ちの差ではないとも言えるかも知れませんが、田舎育ちが大きく影響していることは間違にないと思います。

現在田舎の高校でも様々な職種の人を招いて話を聞き、自分がなりたい職業を具体化させる努力をしているようですが、都会の子供は日常的に職業情報に接しており、具体化のレベルが違います。これがこの記事の筆者が言う「ライフコースの解像度の差」だと思います。今後都会と田舎の子供の間に横たわる最大のギャップとなりそうです。