最低賃金、公務員と同じように全国差5%以内に

政府が6月9日示した「骨太の方針」原案に最低賃金を全国平均で早期に1,000円へ引き上げることが盛り込まれという報道です。昨年の全国平均は902円ですから、100円程度引き上げることになります。昨年の引き上げ幅が1円ですから、今年数十円単位の引き上げを考えているようです。

これに対してコロナで業況悪化に苦しむ中小企業からは「今じゃないだろう」という声が噴出しているようです。中小企業経営者の団体である日本商工会議所の調査によると、もし最低賃金の大幅な引き上げが実施されれば、パート・アルバイトの雇用削減や設備投資の抑制を実施すると答えています。要するに最低賃金を大幅に引き上げたら雇用や経済に皺寄せが行くよ、と言っていることになります。

一方菅首相が最低賃金の大幅引き上げを主張するのは、菅首相の経済ブレーンであるデービット・アトキンソン氏の影響によるものです。アトキンソン氏はゴールドマン・サックス証券の元経済調査部長で、現在日本に在住し、京都の美術工芸品修復会社小西美術工藝社の社長を務めている日本大好きイギリス人です。コロナ前外国人旅行客(インバウンド)が急増しましたが、これもアトキンソン氏の提言を入れ菅官房長官が外国人観光客の誘致に力を入れたためです。投資銀行のマクロ的な視点と日本大好きから来るミクロの視点が融合されたアトキンソン氏の日本に対する指摘や提言は正鵠を穿っており、これを採用すれば日本の浮揚に結びつくこと請け合いです。菅首相になり、2020年10月アトキンソン氏は成長戦略会議の委員に就任しましたが、最近になってアトキンソン氏の主張が政府の施策に反映されてきたように感じられます。本件最低賃金の大幅引き上げもアトキンソン氏が著作物で繰り返し日本の経済成長に欠かせないと主張しているものです。これに対しては中小企業団体の反対が出てきますが、アトキンソン氏は英国の成功例を挙げて反論しています。日本には中小企業が多く、それが日本経済低成長の原因となっていると言っています。そうだとしても問題は実現プロセスだと思われます。

そこで考えられるのが公務員方式です。日本の地方公務員の収入は国家公務員準拠となっています。周知のように国家公務員が多い東京と地方では土地や生活物価に2割以上の価格差がありますが、地方公務員と国家公務員との収入差は低いところでも5%程度しかありません。同じ地方公務員である東京都職員と道府県職員や市職員などとの収入差も5%程度です。これについてはラスパイレス指数で比較し、この範囲に入るよう毎年調整されています。しかし公務員の収入原資である税収は、自治体で大きく異なります。人口が多く法人の本店が集中する東京都とその他の地方自治体の税収格差が住民1人当たりで見て2倍以上あるところが多数あります。これは都道府県の1人当たり所得で見ても同じです。ということは、東京都職員とこれらの自治体の公務員収入は2倍以上の開きがあるのが当然と言うことになります。これが5%の差に留まっている理由は、税収差は地方交付税交付金で調整され、住民はほぼ全国一律の公共サービスを受けられることから、公務員の収入についてもこれに便乗したものと考えられます。

これは手前勝手な理屈であり、このため地方公務員に県民所得や市民所得を上げようというインセンティブが働かなくなっています。これは共産主義社会のやり方と言えます。

もし政府がこれに目を瞑るのなら、民間の最低賃金も同じ理屈により、東京都と地方の差額を税金で補填し、公務員収入のように最高と最低の差が5%以内に収まるようにすべきです。この原資を税収で確保するのは無理なので、国債を発行して確保します。必要な額の国債を市中引き受け(民間企業引き受け)で発行し、同額を日銀に買入れさせます。何故日銀に買入れさせるかと言うと、国債引受で減った市中の資金を日銀の国債買入で供給し元に戻すと共に、実質的に国債を償還し(日銀買入は財務省による国債償還と同じ。共に国の機関であり、国が償還したことになる。)国債残高の増加を防ぐためです。

安倍政権で始め、菅政権も踏襲している国債増発、日銀買入政策は、現代貨幣理論の実践であり、現代貨幣理論では、国の政策費用は国債で調達して問題ないことになっています。現在日本の家計の公的負担割合(税金、医療保険、年金掛け金などの公的負担が家計の支出に占める割合)は45%を超えていると言われており、収入が増えない中での増税は困難です。

この補填政策を10年続ければ中小企業も淘汰され、最低賃金1,000円以上に耐えられる中小企業だけが残ります。

(尚、現在半導体産業の振興政策が動き出しましたが、これもアトキンソン氏が唱える政策が実行に移されたものです。アトキンソン氏は、日本の財政を改善するためには、今のGDP(約530兆円)に占める輸出の割合約16%(2017年の統計)を3倍に増やす必要があると述べています。これはドイツ(約46%)や韓国(約42%)並みの割合です。日本が豊かになるためには輸出を増やす政策は、戦後行われました。その結果日本は世界有数の輸出国になり、「ジャパン アズ NO.1」という本が出るまでになりました。その頃の日本は間違いなく豊かでした。それが国際圧力による度重なる円の切り上げやその後のバブル崩壊により輸出が停滞するにつれて日本はどんどん貧しくなりました。その一方で輸出を伸ばし続けたのが韓国で、1人当たりGDPで日本を抜くまでになっています。輸出により国内が豊かになるメカニズムは、輸出代金として受け取った外貨が国内通貨に換金され、国内通貨が国内に溢れるからです。輸出が伸びない日本は日銀が国債を買入れることで円を国内に供給してマイナス成長を防いでいます。これが今の日本と韓国の豊かさの差となっています。従って誰の政権になっても真っ先に採るべき政策は、アトキンソン氏が唱える輸出3倍増政策しかありません。これが成功すればGDP1,000兆円が可能であり、国債に依存しない財政運営が可能です。)