韓国裁判所の判決、法理と恨みの間でダッチロール
ソウル中央地裁は6月7日、元徴用工と遺族ら85人が日本企業16社を相手取り1人当たり1億ウォン(約980万円)の損害賠償を求めた訴訟で、原告の訴えを棄却する判決を言い渡しました。これは2018年の韓国大法院の判決を覆すものであり、最高裁判決には絶対服従の日本では先ず考えられない判決です。この2つの判決に日本が相手なら全て有罪でもよいというこれまでの韓国と世界の先進国として法律は日本にも平等に適用されるべきという現在の韓国の葛藤が見て取れます。
ソウル中央地裁のキム・ヤンホ裁判長は判決で「(日韓請求権協定の)『完全かつ最終的解決』『いかなる主張もすることはできない』という文言の意味は、個人請求権の完全な消滅まではいかないが、韓国国民や日本や日本国民を相手に訴訟で権利を行使することは制限されるという意味で解釈することが妥当だ」と判断し、さらに元徴用工の請求を認めることについては、条約法に関するウィーン条約を根拠に、日韓請求権協定の不履行を韓国の国内事情を理由に正当化できないと判断しています。これは言い換えると「大法院判決は国際法違反である」と言っていることになります。 一方では大法院判決に基づき日本製鉄や三菱重工の韓国内資産の現金化手続きは進んでいて、裁判所は売却命令を出すことが可能な状態になっていると言います。今回の判決では、資産の現金化についても「権利の乱用」と断じていますので、この手続きに影響が出るかも知れません。
この裁判官の論理はまるで日本の裁判官が考えそうな内容です。たぶん日本での裁判ならら誰が裁判官であってもほぼこの内容になると思われます。それくらい本件は裁判官個人の判断が入り込む余地がない事案です。特に条約が国内法に優先することは先進国の常識であり、日本で元徴用工の弁護を引き受けた弁護士は先ず争わないと思われます。
韓国大法院では、元徴用工の損害賠償請求権は「日本政府の韓半島(朝鮮半島)に対する不法な植民支配および侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者(朝鮮半島出身労働者)の日本企業に対する慰謝料請求権」(損害賠償請求権ではなく慰謝料請求権としている)として日韓請求権協定の適用対象に含まれないと断じました。もしこれが国際的に通用するとすれば第2次世界大戦で日本と同じことをしたドイツやイタリアの賠償責任も見直されることになります。これでは戦後の秩序が大きく覆されることになり、世界は混乱に陥ります。法律解釈は過去に訴求しないのが大原則であり、この点でも世界の法律家から受け入れられないと考えられます。
ソウル中央裁判所のこの裁判官の判決は国際的にみれば常識と言えるものですが、日本に2度に渡って侵略された歴史を持つ韓国の「反日無罪」の常識からすれば異常であり、この裁判官の身の安全が心配になります。今回この裁判官がこのような韓国社会の批判を浴びることが確実な判決を出すと決断した理由は、韓国が先進国と同じ法律基盤の国であることを内外に宣言するためだったと思われます。これは弁護士出身である韓国文大統領も同じ考えであることが後押ししていると考えられます。
以上は6月12日書いた内容です。しかし6月15日同じソウル中央裁判所でとんでもない判決(決定)が成されたことが分かりました。ソウル中央地裁は日本政府を対象に進められる強制執行の申し立ては適法だとし、「債務者(日本政府)は財産状態を明示した財産目録を財産明示期日に提出せよ」と決定し、「財産明示決定書」を送付したというのです。裁判所は「大韓民国憲法第40条で立法権は国会に属することを、第66条第4項で行政権は大統領を首班とする政府に属することを、第101条第1項で司法権は裁判官で構成された裁判所に属することをそれぞれ定めている。確定判決により債務者に対する強制執行の実施後に発生しうる対日関係の悪化、経済報復など国家間の緊張発生問題は外交権を管轄する政権の固有領域で、司法の領域を抜け出す」と述べ、日韓関係の悪化については政権の管轄であり、裁判所は考慮する必要はないし、合わせて日本の過去の侵略行為は主権免除の例外に該当するとしています。要するに過去において韓国を侵略した日本には主権免除は認められないとしたのです。これはお互いに主権を認めて外交関係を再開している現在の日韓関係も否定するものです。大法院判決に戻ったものであり、6月7日の同じソウル中央裁判所の判決に義憤を感じて決定したものと思われます。
慰安婦や徴用工に対するソウル中央裁判所の2つの判決は、裁判官が法理と恨みの間で揺れていることが伺えます。