広島の被買収者全員不起訴は検察の巧妙な罠

2019年7月の参議院選広島選挙区での買収事件で、河井克行元衆議院議員と、妻の案里元参参議院議員から現金を受け取ったとされる地方議員ら100人について、7月6日東京地検特捜部は全員を不起訴処分とする決定をしたという報道です。

本件では2019年3月から8月にかけて、地方議員や首長ら44人、後援会関係者50人、選挙スタッフ6人が案里候補の票をとりまとめる趣旨で河井元議員や案里候補から現金を受け取っています。最高額は政治家元公設秘書の300万円、次いで元広島県議会議長の200万円で、1人当たり10万~20万円が多く、最も少ない人で5万円だったということです。

買収事件でのこれまでの求刑基準は、貰った金額が1万円未満の場合は起訴猶予(不起訴)、1万円~20万円は略式起訴(裁判なしで罰金刑)、20万円を超える場合は起訴(裁判で刑が確定)となっているようなので、これに照らすと起訴が数名で、その他は略式起訴となります。

これを全員不起訴にした理由について報道では、被買収者は現金を求めておらず、克行元議員が断る相手に無理やり渡したケースが大半だった、数十万円以上を貰った人もこれを原資に別の人への買収行為は行っていなかった、などと解説していますが、理由になっていません。公職選挙法の買収罪は、被買収者が現金を求めた場合に限っていないし、その資金を他の買収に使ったことも要件ではありません。渡された際の対応については、減刑の対象にはなるかも知れませんが、不起訴処分の理由になるものではありません。

今回検察が被買収者100人を全員不起訴処分にした理由は明確です。被買収者の殆どが早くからお金を受け取った事実を認め、それも選挙買収の意図だと分かっていたという供述を行い、かつ裁判でも証言したからです。これまで買収事件の場合、被買収者は選挙に関してのお金ではない、そんな意図は知らなかったなどと買収の意図を否定するのが常でしたが、今回は被買収者の殆どがこれを認めています。これには検察側から買収の事実を認めれば起訴しないとの約束または示唆があったためと考えられます。ならば司法取引であり合法ではないかと思うかもしれませんが、司法取引ができる犯罪は組織犯罪などに限定されており、公職選挙法違反事件には使えません。従って、検察の約束は無効かつ違法と言うことになります。

私は、検察としては買収の事実を認めたことや裁判で証言したことを考慮して、これまでの求刑基準を緩め、1万円~20万円受け取った被買収者は不起訴、20万円以上受け取った被買収者は略式起訴で罰金刑としてくると予想していました。これならば検察審査会に審査が申し立てられても、不起訴不当の議決で済む(検察の再処分で不起訴確定)可能性があります。しかし100人全員不起訴だと、検察審査会への審査申立は確実だし、起訴相当決議が出される可能性が高くなります。

ところが今回の100人全員不起訴にはそう単純にいかない問題があります。というのは、この100人には不起訴でもおかしくない人も含まれているのです(受取額が5万円に留まる人など)。従って100人不起訴を一件の刑事事件として扱えば起訴相当議決は出せないことになります。この場合検察審査会は、個人ごとに不起訴妥当・不起訴不当・起訴相当の議決は出せず、100人の不起訴処分について、これらの議決を出せるだけです。こうなると個人ごとに見ると不起訴妥当と起訴相当の人が混じっており、この状態は不起訴不当でしか表現できません。これが検察の狙いと考えられます。

検察審査会が不起訴不当議決をすれば検察は再検討した形を採り、再び100人全員に不起訴処分を下します。

今回の処分がまかり通れば、選挙の買収事件ではお金を渡した者のみが処罰され、受け取った者は処罰されないこととなり、買収が横行することとなります。従って検察の処分をこのまま確定させてはなりません。

そこで今後考えられることは、検察の100人一括した不起訴処分に対して検察審査会に審査を申し立てるのではなく、この中で起訴されるべき人ごとに審査を請求することです。100人一括処分の形を採っていますが、これは集団犯罪ではないので性格上1個の処分とする必要性はありません。従って被買収者個人ごとの処分につき検察審査会の審議を求められるはずです。そうすれば被買収者個人ごとに起訴相当の議決を採ることができます。これで国民感情に照らした妥当な処分となります。

今回の買収事件における検察の捜査および処分には3つの問題があります。

1つ目は司法取引類似の違法捜査を行っていること、2つ目は公職選挙法をなし崩しにしており、実質的に新たな公職選挙法の制定となっていること、3つ目は100人の被買収者の一括処分と言う形を採り、個人の処分を集団の処分にすり替えて検察審査会を無力化しようとしていることです。

2010年大阪地検特捜部の証拠改竄事件から始まった検察不祥事は、2018年森友事件公文書偽造事件での不起訴処分で政治と取引を始め、同年の日産ゴーン会長逮捕事件では司法取引の実績作りのため企業問題に介入するという暴挙を行い、今回また司法取引を違法に使用して被買収者を無罪放免にするという愚挙を行いました。これは裁量権の乱用であり、公務員の不法行為です。これらは検察の体質から来ており、抜本的検察改革が必要になっています。先ず必要なことは、検察審査会を常設化し、今回のような裁量権の乱用があった場合には、承認した検事長および検事総長の懲戒処分を内閣総理大臣に勧告できるようにすることです。