検察審査会に検察への懲戒処分勧告権を付与すべき

7月30日の新聞報道によると、安倍前首相の後援会が「桜を見る会」の前日に開いた夕食会の費用を政治資金収支報告書に記載していなかった事件で安倍氏を不起訴とした東京地検特捜部の処分の一部について、東京第一検察審査会は「不起訴不当」と議決したということです。不起訴不当になったのは、安倍氏側が補塡した夕食会の費用が選挙区内での寄付にあたるという公職選挙法違反と、安倍氏が代表を務める資金管理団体「晋和会」の会計責任者の選任監督を怠ったという政治資金規正法違反の二つの容疑ということです。夕食会を主催した政治団体「安倍晋三後援会」の収支報告書に夕食会の収支を記載しなかったという政治資金規正法違反容疑などについての不起訴処分については妥当としています。

検察の処分については、最近検察審査会で次々と不起訴不当または起訴相当議決がされています。最近では森友事件における公文書偽造容疑、黒川元東京高検検事長に対する賭博罪容疑および菅原衆議院議員の公職選挙法違反容疑で検察は不起訴処分としましたが、検査審査会は夫々不起訴不当、起訴相当、起訴相当の議決をしています。これだけ国民的関心が高い事件で検察の処分が検察審査会で覆されると検察の処分基準が国民感覚と乖離していることになります。

いずれの事件も政治絡みであり、政府や自民党からの介入が噂されていました。そしてそれらの結果検察は起訴できないだろうという事前予想通り不起訴処分となっています。森友事件は公文書偽造の典型例であり、これを起訴しなかったら公文書偽造罪は存在しなくなると言える程起訴必須の事件でしたが、驚くことに不起訴処分となりました。不起訴処分の発表前に偽造を指示したとされる佐川財務局長(その後国税庁長官)が辞職し、偽造した書類は全面的に公開することに依って、起訴して裁判になったのと同じような状況が実現したことから、検察審査会は起訴相当ではなく、不起訴不当議決になったものと思われます。これは検察が検察審査会の存在を盾に、政府に関わった官僚の処分や偽造された公文書の公開を迫ったことが伺えます。黒川元東京高検検事長賭博事件の不起訴は、検察庁NO2を起訴するのは忍びなく、検察審査会の起訴相当議決を覚悟してのものと思われます。それに起訴相当決議があっても略式起訴で済ます手が残っていました。菅原議員の不起訴処分については、検察は菅原議員が経産大臣を辞職したことから、検察審査会の議決は不起訴不当に留まると言う予想か、起訴相当になっても構わないという考えだったと思われます。

そして今回の不起訴不当事件ですが、これも大方検察のシナリオ通りだと思われます。検察審査会で不起訴不当議決は出ても、起訴相当議決は出ないと思い描いていたと思われます。それにもし起訴相当議決が出ても検察と政治家の摩擦は生じず、粛々と起訴すればよいだけです。検察にデメリットはありません。

このように最近の検察の処分は、公平な法の執行と言うより政治的打算に基づく処分の様相が強くなっています。検察官は法律家というよりは政治家の性格を強めていると言ってよいと思われます。

特にそれが顕著に表れたのが2019年11月の日産ゴーン会長逮捕でした。容疑はゴーン氏の報酬は年間約20億円になっていたにも拘わらず、有価証券報告書に約10億円と過少に記載していたというものでした。しかし実際にゴーン氏は約10億円しか受領しておらず、日産や投資家には損害が生じていません。逆にゴーン氏に支払われていないことになる累計約90億円は、日産や投資家にとって利益となります。こんな状態で年商10兆円を超える企業の会長を逮捕するなどあり得ません。もし逮捕するとすれば未だ受領していないことになる約90億円をゴーン氏が受領したときでした。この場合でも普通なら有価証券報告書の訂正で済む問題です。これを検察が逮捕したのは、この年の6月から使えるようになった司法取引制度を適用した代表的事件を探していたためでした。ゴーン氏逮捕は、容疑に比べ経済的損失が多い(日産が倒産危機に陥る)として法務大臣が指揮権を発動すべき事件でした。これは後日安倍首相が財界人との会合で本件について「日産内で片づけてもらいたかった」と述べていることから、政府内でも検察の暴走という認識だったと思われます。

そしてこれの上を行くのが、河井克行・案里議員の公職選挙法違反事件です。本件では100名が買収の事実を認めていますが、検察は全員不起訴としました。この内40名は自治体の首長や議員で、金額的にもこれまでの起訴基準からすると起訴となっている5万円以上の金額を受け取っています。本件ではこれらの現金受領者が選挙目的のものと認めて裁判でも証言していることから、検察から司法取引類似の働きかけがあったと思われます。しかし司法取引は本件のような公職選挙法違反事件には使えませんので、これに基づき不起訴とすることはできません。それにこれで全員不起訴にしたら公職選挙法が無意味になってしまいます。これは検察による公職選挙法の改正(改悪)という立法行為とも言えます。検察には起訴・不起訴につき一定の裁量権が与えられていますが、本件の場合明らかに裁量権の範囲を超えており、濫用というレベルです。検察官も公務員であり、職権濫用として懲戒処分に相当します。現在の検察制度ではこれが行われないため、検察の職権濫用に対する歯止めが掛かりません。処分権の濫用と思われる事案については、検察審査会に決裁した検察幹部または検察官の懲戒処分を内閣総理大臣に勧告する権限を付与すべきだと思われます。