矢野財務次官に求められるは「私の国家財政再建論」
財務省の矢野康治事務次官が10月8日発売の文藝春秋11月号に、岸田政権の大規模経済政策や与野党の現金給付、減税などの選挙公約を批判する論述を寄稿し話題となりました。
矢野次官は論述の中で、次のように述べています。
「最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、やむにやまれぬ大和魂か、もうじっと黙っているわけにはいかない、ここで言うべきことを言わねば卑怯でさえあると思います。 数十兆円もの大規模な経済対策が謳われ、一方では、財政収支黒字化の凍結が訴えられ、さらには消費税率の引き下げまでが提案されている。まるで国庫には、無尽蔵にお金があるかのような話ばかりが聞こえてきます」
「今の日本の状況を喩えれば、タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなものです。氷山(債務)はすでに巨大なのに、この山をさらに大きくしながら航海を続けているのです。タイタニック号は衝突直前まで氷山の存在に気づきませんでしたが、日本は債務の山の存在にはずいぶん前から気づいています。ただ、霧に包まれているせいで、いつ目の前に現れるかがわからない。そのため衝突を回避しようとする緊張感が緩んでいるのです」
「昨今のバラマキ的な政策論議は、実現可能性、有効性、弊害といった観点から、かなり深刻な問題をはらんだものが多くなっています。それでも財務省はこれまで声を張り上げて理解を得る努力を十分にして来たとは言えません。そのことが一連のバラマキ合戦を助長している面もあるのではないかと思います。 先ほどのタイタニック号の喩えでいえば、衝突するまでの距離はわからないけれど、日本が氷山に向かって突進していることだけは確かなのです。この破滅的な衝突を避けるには、『不都合な真実』もきちんと直視し、先送りすることなく、最も賢明なやり方で対処していかねばなりません。そうしなければ、将来必ず、財政が破綻するか、大きな負担が国民にのしかかってきます」
日本の一般政府債務残高のGDPに対する割合は256.2%と、第二次大戦直後の状態を超えて過去最悪となっており、他の先進国(ドイツは68.9%、英国は103.7%、米国は127.1%)などと比べても圧倒的に悪くなっているのは事実です。矢野次官は日本のこの状態をタイタニック号が氷山に突き進む状態に例えて警鐘を鳴らしていることになります。
財務省の事務方トップがこのような岸田政権批判ともとれる寄稿を行うことは、更迭も覚悟してのことと思われます。しかし寄稿の内容は評価できるものではありません。
先ず第一に、ひたすら抽象的に国民を威迫する内容となっています。日本の債務状況を氷山に、日本を氷山に向け突き進むタイタニック号に例えているところなど文学的です。さすが文系最高峰と言われる職場の事務方トップです。これを会社の幹部が行うなら、財務諸表の数字を上げ、第三者が検証可能な論拠としていたと思われます。矢野事務次官の寄稿には具体的論拠がありません。従って具体的議論が成り立ちません。この寄稿文は矢野次官の国士的側面の発露という価値しかありません。
第二に日本の本当の債務状態を国民に明らかにする気がないことです。日本の一般債務残高(1,216兆円:2021年3月末)の大部分は国債(1,074兆円)が占めていますが、この国債のうち505兆円は日銀が市場から買入れています。日銀は財務省が55%出資しており、財務省の子会社ですから、日銀が買入れたということは、財務省が償還したことと同じです。即ち、505兆円については返済が必要な借金には該当しないのです。従って1,216兆円から505兆円を除いた711兆円が日本の債務となります。そうなると対GDP比は130%程度となりそう悪い数字とは言えません。同時にこれから国債などを増発したとしても日銀が買入れればよい訳ですから、借金はいくらでも消し去ることができます。日本の財政が破綻を来すのは、国からお金がばら撒かれた結果、ハイパーインフレになったときです。現在の日本の状況は国民にお金が不足している状況なので、ハイパーインフレは考えられず、国家債務が増え過ぎて財政破綻することは考えられません。矢野次官もこのことは知っているはずですが、かたくなに隠蔽しています。
第三に、肝心の「ならばどうしたらよいのか」という点が全くありません。矢野次官が本当に有能な人なら、この分がないといけません。この分につきノーアイデアだとすれば、矢野次官は単なる国士気取りの人と言うことになります。
今後官僚の中から国を憂い雑誌に寄稿する人が現れるとしたら、それは「私の国家財政再建論」でなければなりません。そうなると財務省の官僚は歯が立たないのではないでしょうか。
日本の財政を再建する方法は、一般債務(1,216兆円)の分母であるGDP(約530兆円:2020年度)を倍増するしかありません。そうすれば一般債務対GDPの比率は120%程度となり米国並みとなります。また税収も120兆円以上となり(2020年度GDP約530兆円で税収は約60兆円であり、GDPの約12%)となり国債の発行も抑えられます。このためには産業政策、それも輸出増大がポイントとなりますので、経済産業省が主役となります。財務省は会社における経理部や財務部のように裏方部署に回ることになります。