医薬品は戦略物資、供給体制の見直しが必要
岸田政権では経済安全保障という概念が提案され、担当大臣まで設けられました。経済安全保障という概念は、米国と中国がお互いに経済制裁を実施した結果、半導体などの供給に乱れが生じ、各国の経済に混乱が生じたことから生まれたものです。中国は一路一帯政策で中国経済圏を作り上げてきましたが、これが米国の経済覇権を脅かして来たばかりか、米国経済まで中国の影響を強く受けるようになってきました。このままでは経済面で中国に支配されると考えた米国は、中国の経済発展を妨げる政策を打ち始めます。先ず2019年5月には、世界最大の通信機器企業中国ファーウェイ向けに半導体やソフトウェアなどを輸出することを禁止します。この結果ファーウェアは通信機器を製造できなくなりました。この余波を受けファーウェイにフラッシュメモリを供給していた日本のキオクシアは、計画していた上場を先送りとする事態となりました。その他ソニーほかいくつかの日本企業が影響を受けたようです。その後半導体の世界的供給不足が生じていますが、これはファーウェイ問題が端緒になった可能性があります。
これまで世界では製造拠点の分散化が進み、最終製品や部品が世界各国、とりわけ中国で作ら一旦経済紛争が生じるとサプライチェーンに混乱が生じ、自国の産業や国民生活に重大な影響が及ぶ状態となっていました。これに輪を掛けたのがコロナ問題です。コロナではマスクや消毒液、医療用具などが中国などのアジアで作られ、日本でも国内で調達できないことが判明しました。これは国民の命に直結することであり、問題意識は半導体より大きかったと思われます。
経済安全保障の守備範囲かも知れませんが、コロナ問題で浮き彫りになった問題点として、医薬品の供給があります。特にワクチンです。コロナの解決策としてはワクチンしかなかったわけですが、コロナワクチンを開発製造できた国は米国、ドイツ、英国、中国、ロシアの5カ国であり、日本では未だ開発できていません。この結果この5カ国からワクチン接種が始まり、先に効果を出しました。日本はワクチンの入手が出来ず接種が遅れたことが今年7月、8月の大流行を繋がり、200人以上の自宅死亡者を出すこととなりました。日本の製薬企業がワクチンを開発できていれば、犠牲者も少なくて済み、経済的打撃も抑えられたと考えられます。こう考えると医薬品が国家に取り如何に重要な物質、戦略物質であるかが分かります。もしこの5カ国と対立状態ならばワクチンが供給されず、犠牲者が増えていたことになります。このようにワクチンや医薬品は戦争における武器以上の効果を持ちます。
この観点で日本の製薬会社を見ると、数はそれなりにありますが、規模の面では武田製薬が売上約3兆2,000億円(2021年3月期)でやっと世界10位であり、小規模の企業が多いのが特徴です。そのため開発資金が少なく、開発力が劣ります。しかし世界のメガファーマでもコロナワクチンを開発できたのは3社(ファイザー、J&J、ノバルティス)のみであり、これはメガファーマの多くがコロナのような感染症治療薬を開発対象としていないためと考えられます。日本の場合も命の危険を伴う感染症の流行は長い間無く、感染症は終わった病気と考えられてきました。そのため医療体制も貧弱でしたし、薬の開発体制もないに等しい状態だったと思われます。日本では毎年冬にインフルエンザの流行があるので、インフルエンザワクチンの需要は少なからずあります。これについてはKMB(旧財団法人化学及び血清療法研究所)や財団法人大阪大学微生物研究会など国の保護を受けた企業・団体が中心となって供給しており、大手製薬メーカーは関心がありません。これがここまで日本の製薬会社がコロナワクチンを開発できなかった最大の原因だと思われます。
コロナが収束するとまた長い間重篤な感染症はないと考えられますが、感染症の研究開発力は維持強化する必要があります。そのためにはKMBなどどこか1社をワクチン開発中核企業に指定し、国が研究開発資金を支援する必要があると考えられます。
また最近は後発薬の製造企業に製造上の不備が続発し、後発薬の供給が逼迫する事態となっています。これも国民の命を脅かす事態であり、医薬品供給の重大な課題になっています。これについては、後発薬メーカーの監督が都道府県となっており監督体制が不十分であることが原因となっています。厚生労働省に後発薬メーカーの監督部署を置き、集中管理すれば解決できるはずです。
医薬品は国民の命を守る戦略物質であることは間違いなく、あらゆる事態を想定した供給体制の確保が必要です