孫社長の狼狽で分かる経営はやはり「キャッシュ極大化」
ソフトバンググループ(SBG)が11月8日発表した2021年7~9月期の連結決算は最終損益が3,979億円の赤字となりました。四半期の最終損益が赤字になるのは20年1~3月期以来、6四半期ぶりです。傘下のビジョン・ファンドで主に中国の投資先企業の株価が下落し、業績の足を引っ張ったということです。
SBGは投資会社であり、損益は投資先の評価で大きく変動します。ファンドで保有する投資先で最も業績を押し下げたのが、韓国ネット通販大手のクーパンだったということです。その他中国政府が7月以降、自国のITや教育産業への規制を強化した影響で、中国の投資先企業の株価も大幅に下げました。配車アプリ大手の滴滴出行(ディディ)が4割強、オンライン教育サービスの掌門教育(ジャンメン・エデュケーション)は約8割下げています。SBG本体の保有資産の大部分を占めるネット通販大手のアリババ集団の株価も今年6月月末と比較すると35%近く、昨年9月末と比べると50%近く下げています。その結果SBGの保有資産の時価評価額は、9月末時点で約26兆円となり、6月末時点の約32兆円から約6兆円減少しています。SBGは単体として約6兆円の有利子負債(銀行借借入、社債)を抱えており、これを保有資産の時価評価額26兆円から差し引いた約20兆円が正味資産(NAV)となります。正味資産が約20兆円もありますから、資産面から見たら優良企業であり、倒産の可能性は全くありません。しかし孫社長は今回の決算を受けて「真冬の嵐のど真ん中であります」「ソフトバンクグループは嵐の中に突入した」と悲壮感漂う言葉を述べています。正味資産が約20兆円もあればもっと泰然自若と構えていてよいはずです。孫社長にこのような一見不釣り合いな言葉を吐かせる原因は2つあります。
1つは、SBGの事業はキャッシュを生み出す力が弱いからです。この第三四半期を見ても投資事業では約2兆円のキャッシュアウトとなっています。それでもSBGはビジョンファンドからの配当として約1兆円を受取っています。これでSBGが借入金を抱えていなければ、SBGの運営にかかる経費は数百億円であり、キャッシュフローに問題はありません。しかしSBGは約6兆円の負債を抱えており、この利払いや返済などで相当のキャッシュを必要とします。SBGはこのキャッシュの大部分をこれまでソフトバンクからの配当で得ていましたが、ソフトバンクに対するSBGの持ち株割合は40%程度に減少しており、今では十分ではありません。それでもSBGは9月末現在約5兆円の現金を保有しており、資金繰りには全く問題ありません。昨年はソフトバンク株やスプリント株、アーム株などの売却で6兆円近い資金を作っています。この一部が今回発表された1兆円の自社株買いの原資になるものと思われます。SBGの最大の保有資産は値下がりしたとは言えまだ6兆円程度(正味純資産20兆円の28%から)あるアリババ株ですが、SBGはこれまでアリババ株を殆ど売却していません。現在SBGはアリババ株の24.8%を保有していると言われており、筆頭株主ですが、創業者で孫社長の親友であるジャック・マー氏がアリババの経営陣から身を引き、孫社長も取締役を退任していることから、アリババ株を売却する障害は無くなっています。SBGがアリババ株を売却しないのは、SBGが保有するアリババ株が多すぎて市場で処分できないためと考えられます。昨年来アリババは中国政府の規制や監督の強化により、思うような事業展開が出来なくなっています。中国政府は巨大になったアリババなどのIT企業が共産党政府の統制を乱す存在になることを警戒しているように思われます。そうなると今後アリババが再度成長路線に戻ることは考えられません。株価も下落するし、買い手も少なくなると考えられます。このようにSBGにおけるアリババ株は、売りたくても売れない「不動株」になっているように思われます。SBGの正味資産はアリババ株をディスカウントして考える必要があるかも知れません。
今回のSBGの決算は、孫社長に経営方針の転換を迫っているように思われます。それは「正味資産極大化」から「キャッシュ極大化」への方針転換です。そのために先ず資産の一部を売却し、有利子負債を返済します。これでSBG本体としては無借金であり、その後は毎年運営資金分、たぶん1,000億円程度のキャッシュが得られれば経営は問題ありません。そうなれば株価がどんなに下がろうが気にするところではありません。ビジョンファンドなども後継ファンドは作らず手仕舞いし、自己資金だけでの投資とします。ベンチャーファンドは若い人が行う事業で、60歳を超えた孫社長が行う事業でないと思います。ファンドを中心とした今のSBGは永続企業ではなく、孫社長の一代企業です。