「新しい資本主義」は稀に見る駄作

5月31日、岸田首相が提唱した「新しい資本主義」の実行計画案が発表されました。予想通り中身のないものとなっています。

そもそも経済政策に「資本主義」という言葉を使った時点で結果は見えていました。「資本主義」は「社会主義」や「共産主義」と対立する主義主張や経済観念であり、かっての米ソ冷戦時代の言葉です。現代の経済は世界中資本主義の仕組みの中にあります(中国も政治は共産主義だが経済は資本主義)。従って新しい経済政策と言うのなら、資本主義という古くさい観念的な言葉は出てきません。この言葉を使ったということは、岸田首相には新しい経済政策のアイデアが全くなかったということが分かります。事実岸田首相は「新しい資本主義」の内容作りを「新しい資本主義実現会議」に委ねています。首相になる人は、自分が首相になったら実現したい構想があるのが普通ですが、岸田首相には何もなかったことが分かります。「郵政民営化」「道路公団民営化」などの具体的構想を持っていた小泉首相とは大違いです。それに「新しい資本主義実現会議」のメンバーを見れば、具体的実行計画など出てくるはずがありません。櫻田 謙悟 経済同友会代表幹事、十倉 雅和 日本経済団体連合会会長、三村 明夫 日本商工会議所会頭 、芳野 友子 連合会長など日本の利益団体のトップが顔を揃えており、あたかも利害調整の場と化しています。具体的実行計画を策定するのなら、もっと実務家を揃える必要があります。ここから「新しい資本主義実現会議」から出て来る実行計画案(というより「新しい資本主義」の意味)は、具体性の無い流行りの言葉の羅列になることが予想されました。

具体的に実行計画案を見て行くとそうなっています。実行計画案は1.人への投資 2.科学技術 3.スタートアップ(新興企業) 4.脱炭素・デジタル化――の4本柱となっていますが、どれも目に見える成果が出てきそうな内容は含まれていません。

先ず人への投資の中では、貯蓄から投資へのシフトが挙げられていますが、これは岸田首相が最近言い出した「資産所得倍増計画」について述べたものと思われます。「資産所得倍増計画」は岸田首相が自民党総裁選立候補時に掲げた「令和の所得倍増計画」に替わるものと思われますが、この2つを比べると所得増加の効果は100:1程度です。所得倍増なら500万円の所得が1,000万円になりますが、資産所得倍増なら株式の配当所得5万円が10万円になれば達成です。今の円安傾向や物価上昇を考えれば何もしなくても達成できます。

同じく人への投資のなかで、非正規を含む100万人に再就職支援や能力開発支援を行うとなっていますが、これは大企業のミスマッチ人材の解消を狙ったものと思われます。会議メンバーである経済同友会や経団連の主張を入れたものと思われますが、ミスマッチ人材はこんなものではなく焼け石に水の政策です。

同じく人への投資の項目に男女賃金差の公表がありますが、これにより女子の賃金を上げることに狙いがあると思われます。これが可能なのは大企業であり、大企業の場合既に同一職種では同一賃金になっており、聞こえの良い後追い政策です。

次に科学政策で量子・AI・バイオで国家戦略を建てるとなっていますが、これでは実行計画になっていません。それに量子やAIはコンピュータやITで最先端分野の技術ですが、経済的効果は大きくありません。従って多くの国民に利益は流れて来ないと思われます。AIについては会議メンバーの松尾東京大学教授が日本の第一人者と言われており、松尾教授の線で入ったと思われます。量子もバイオも科学ライターが書きそうなテーマですが、経済的波及効果はあまりありません。

次にスタートアップですが、これはベンチャー企業を増やして経済の新しいけん引力とするという意図だと思われます。しかしこれも岸田政権で結果が出せる政策ではありません。それは起業するためにはそのための技術や研究の蓄積が必要であり、急に起業できるものではないからです。ここから起業の環境を整備して5年後くらいから徐々に成果が目に見えるようになります。本実行計画でもスタートアップ支援に向けた5カ年計画作成となっており、実行計画とは言えません。

最後に脱炭素については官民で10年間に150兆円投資と本実行計画で唯一経済的効果が期待できる柱となっています。しかし具体的中身はなく、民間の投資計画を推計したに過ぎないと思われます。

このように岸田首相の肝いり政策である「新しい資本政策」は稀に見る駄作となっており、岸田首相の主体性の無さが表れたものとなっています。