捜査の本丸は電通?

元オリンピック組織委員会理事高橋治之が紳士服販売大手アオキの持ち株会社アオキホールディング(以下アオキ)から現金を受け取り、スポンサー契約などに便宜を与えた疑いで捜索を受けているようです。組織委員会理事はみなし公務員となるので、業務に関して現金を受け取ることは法律上禁止されています。高橋氏は個人ではなく自分が代表を務める会社がアオキとコンサル契約を結び、その報酬として約4,500万円を受領したことは認めていますが、これは組織委員会の業務とは関係ないと述べています。例え関係あったとしても理事の任務は「大会準備や運営に関する事業を行う」こととされおり、業務上の権限はないこととなります。しかし高橋氏は日本の国際的スポーツイベント招致や開催に関する第一人者であり、日本のスポーツイベント界での影響力は絶大と言われています。この間アオキは組織委員会とスポンサーシップ契約を結び、ビジネス&フォーマルウエアカテゴリーで、オフィシャルサポーターとなり、大会エンブレム入りのスーツなど公式ライセンス商品を販売し、選手らが大会で着用した公式服装の製作なども手掛けており、コンサル契約に見合う利益を得ているように見えます。こうなるとこのコンサル契約は高橋氏への便宜の依頼であり、高橋氏がそれに答えて便宜を図ったと疑うのが自然です。従って特捜部の捜査そのものはおかしくないと思われます。

しかし金額がわずか約4,500万円(月100万円で約4年)であり、高橋氏がオリンピック招致と開催に多大な貢献があったことを考えれば、ここで逮捕するようなことではないような気もします(7月31日の報道ではこのほかに電通の子会社を通じてアオキ側から2億3,000円が送金されているとのこと)。検察には捜査に着手するかしないかの決定権があり、当然高橋氏の貢献は考慮したと思われます。それでも捜査に着手すると決定した背景が気になるところです。

この事件を聞いて、2015年に判明した自民党甘利明経済再生担当大臣の金銭授受(甘利氏個人が現金100万円、その他合計1,200万円相当)事件が思い出されます。これは都市再生機構(UR)とトラブルを抱える建設会社が甘利議員に解決の仲介を依頼したもので、あっせん利得処罰法の適用が濃厚な事件でした。甘利氏は現金の授受などの事実は認めましたが、斡旋の対価でなく政治資金だと主張しました。これは高橋氏がアオキから資金はコンサルの対価と言っていることと重なります。甘利氏の現金授受は大臣在籍中に、かつ一部は大臣室で受領したのに対し、高橋氏の場合、アオキがオリンピックスポンサーとなったのは今から3年以上前(2018年)であり、かつオリンピックは2020年だったことを考えると、今更掘り返すことではないようにも思えます。

本件が読売新聞で報道されたのは7月20日であり、安倍元首相が7月8日銃撃されて亡くなった後であることが注目されます。東京オリンピック招致は安倍元首相の最大の成果であり、これには高橋氏の貢献大です。安倍政権なら先ず高橋氏捜査などあり得なかったと思われます。安倍政権では甘利議員も起訴されませんでしたし、森友事件で議事録の改ざんを指示した財務官僚も起訴されませんでした。これらは間違いなく安倍政権が検察に働きかけたものです。これにより安倍首相は議員や官僚の求心力を高めてきました。

これが捜査に着手したということは、安倍元首相の重しがとれたことが大きいと思われます。そう考えると今回の捜査は高橋氏の受託収賄罪の捜査に留まると思えません。本丸は別にあると考える方が妥当です。それは安倍政権で強まった官僚と電通の癒着です。安倍政権は政策の立案と実行の両面において電通に依存していました。例えば株式会社海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)は、2013年日本の魅力ある商品・サービスの海外需要開拓の支援・促進を目指し政府と電通が中心となって設立された特殊法人(官民ファンド。2019年7月時点では828億円のうち721億円が政府出資)ですが、2022年3月末で309億円の累積損失を抱え財政投融資分科会から解散などの整理を求められています。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で収入が減った中小企業・個人事業主らに国が支給する持続化給付金の給付事務は、経済産業省が電通や人材派遣大手のパソナなどで構成するサービスデザイン推進協議会に769億円で委託。同協議会は委託費の97%にあたる749億円で電通に再委託し、さらに電通は電通ライブなど子会社に計645億円で再々委託し、子会社は更に実施会社に再再々委託していました。その結果電通と子会社に約108億円が残ることとなり、事務の手配料としては巨額過ぎます。また協議会に残った約23億円の使途も気になるところです。この構図は総務省のマイナンバーカードを使ったポイント還元事業350億円でも使われています。

コロナに苦しむ国民救済事業が電通の法外な中抜きに利用されており、これがまかり通るのは、安倍政権と電通の親密さと電通と官僚のズブズブの関係があるからです。官僚は獲得する予算規模で評価が決まりますし、獲得したら電通が使い切る手助けをします。これで官僚と電通はウィンウィンの関係となります。この関係の鎹として電通ホールディング副社長には元総務事務次官の桜井充氏が就任しています。こう見て来ると電通は中央官庁が獲得した予算の消化支援局となっていることが分かります。

この構図を見れば不正がないことが不思議で、電通は中抜きした利益を政治家や官僚に還元していることが疑われます。今回の高橋氏の捜査の本丸は、電通を通じた政治家や官僚へのお金の流れではないでしょうか。