TSMC熊本工場の実体はソニーの内製化

熊本ではTSMCの進出により周辺の土地の価格が上がり、工場建設工事などで有効求人倍数も高くなっているようです。TSMCは世界最大の半導体受託製造メーカーであり、世界から引手あまたです。その中で何故日本に、それも熊本に進出することになったのか不思議に思っていました。ソニーのCMOSセンサーに使うロジック半導体を生産していると言うことだったので、ソニーとの関係と言うことは何となく分かります。しかしそれだけなら台湾の工場で生産すれば済むことであり、わざわざ1兆円もかけて日本に工場を作る必要はありません。工場建設費用を考えると生産コストが上がってしまいます。

先週TSMCの熊本進出について調べていたら、工場運営には約1,700人を必要とし、日本で約1,200人採用し、台湾のTSMCから約300人やって来て、ソニーから約200人出向して来ると言う記事を見つけました。この中で驚いたのはソニーから出向でやってくる人数の多さです。工場建設主体のTSMCが約300人に対して、ソニーから約200人もやってくるのです。TSMCに対するソニーの出資割合は2割未満なのに対し、運営する人数は約4割(TSMC+ソニーの人数が母数)となっています。これではTSMCの子会社というよりもTSMCとソニーの合弁会社と言った方がふさわしいように思われます。

ということは、今回のTSMCの熊本進出は日本政府の要望に応えたものではなく、ソニーの要望に応えたものと思われます。ソニーのCMOSセンサーは2021年世界シェア39%(金額ベースで約1兆円))であり、これを韓国サムスン電子が22%で追撃しています。サムスン電子はDRAMで世界シェア約45%(金額ベースで約5兆円)を持つ半導体業界の巨人であり、CMOSセンサーでも世界一を目指しています。サムスン電子はスマホ販売でも世界一ですが、サムスン電子のCMOSセンサーはこのスマホに使われています。そのためスマホでサムスン電子のライバルであるアップルがソニーの最大顧客になっているようです。サムスン電子は半導体の受託生産にも進出しており、TSMCのライバルでもあります。そこでソニーとTSMCが手を組んでサムスン電子に対抗する作戦のようです。サムスン電子はCMOSセンサー用のロジック半導体も自社で生産していると思われ、ソニーよりコストが低くなっている可能性があります。そのためソニーとしても自社生産を考えていたと思われます。技術的にはソニーなら十分作れます。またコロナによるサプライチェーンの見直しに加え、中国問題を抱える台湾のTSMC工場でロジック半導体を全量生産することのリスクもあります。ソニー単独で工場を作れば全額ソニーの負担になりますが、TSMCは日本政府から補助金付きで誘致を受けており、同じ工場でもTSMCが日本で工場を作った方が安上がりになります。そのためTSMCがソニー向けの工場をソニー熊本工場の隣接地に建設することになったと思われます。この場合ソニー向けのロジック半導体を生産するためには1兆円の投資は必要なかった(台湾のTSMC工場でソニー向けのロジック半導体を生産していたラインを移設すればよい)と思われますが、今後日本の企業から半導体の受託生産を請け負うことを想定して投資額を膨らませたのでしょう。その結果日本政府から約5,000億円の補助金を引き出し、TSMCの投資額は5,000億円程度に抑えられました。ソニーから約200人も出向することを考えると、この工場のうちソニー向けのラインは、ソニーの自社工場に近い運営になると思われます。日本デンソーも出資するとなっていますので、ソニーのラインが立ち上がった後には日本デンソー向けの半導体製造ラインが作られると思われます。その他にも日本電産やダイキンが自社製品向けの半導体の生産を計画していますので、TSMCに製造委託する(自社製品向けの製造ラインを確保す得る)ことが考えられます。こうして1兆円の設備は埋まることとなります。なかなか優秀な戦略と言えます。