オリンピック贈収賄事件でも司法取引が使われている

東京オリンピック・パラリンピックを巡る贈収賄事件で、東京地検特捜部は9日、組織委員会元理事の高橋治之被告を受託収賄罪で4回目の起訴を行い、捜査は一つの区切りを迎えたという報道です。高橋容疑者が受け取っった賄賂の総額は1億9,600万円とされています。

高橋氏は元電通専務であり、電通では契約金額の20%以上の手数料を抜くのが常識です。電通はコロナ持続化給付金の給付作業を国から受託した際にも実務を行う企業に割り振るだけで約14%の手数料を抜いています。手数料率を20%とすると1億9,600万円と言う金額は約10億円の契約手数料に相当します。高橋氏が仲介した契約とその契約に基づく取引額は10億円を上回ると考えられ、賄賂とされた金額は民間取引の手数料と言ってもおかしくなく、本当に受託収賄の対価だったのか疑問があります。

検察が高橋氏を逮捕した最大の根拠は、2014年6月に高橋氏がオリンピック組織委員会理事に就任した時点で「みなし公務員」となった点です。しかし高橋氏が就任した理事職は非常勤であり、言わば名誉職みたいなものです。数カ月に1度の理事会に出て準備状況の報告を受けるだけですし、報酬は無報酬か出ていても少額だと思われます。就任要請書(無かった?)や就任承諾書に理事就任に伴って「みなし公務員」となると明記されていない限り、「みなし公務員」になったと言う認識にはなりません。事実高橋氏は「理事就任により「みなし公務員」になるとは知らなかった。知っていれば理事にはならなかった。」と述べているようであり、その通りだと思います。ビジネスマンなら「みなし公務員」になれば金銭受領行為に賄賂の疑いが出てくることは誰だって分かります。組織委員会の非常勤理事に就任した人は他にもいるはずなので、その人たちに「みなし公務員」になったことを知っていたかどうか聞いてみればよいと思います。恐らく皆知らなかったと答えると思われます。受託収賄罪は身分犯であり、「みなし公務員」の場合、その認識が不可欠です。高橋氏の場合この認識を欠き、受託収賄に問うのは難しいと考えられます。

また高橋氏には受託を受けたとしても職務権限がありません。検察は職務権限がある人に働きかけたと言うのでしょうが、働き掛けられたという人は出て来ていません。即ち、オリンピック関連契約の締結に高橋氏が影響を及ぼし、公正な手続きをゆがめたという受託収賄の事実も明らかになっていません。

そもそも今回の捜査は初めから高橋氏逮捕だけに向けられているように見えます。オリンピック贈収賄事件と言うのなら、当然組織委員会トップである森会長や事務方トップである武藤事務総長も捜査の対象になるはずなのですが、森会長は贈賄側であるアオキインターナショナルのアオキ会長から200万円受領していながら、1回の事情聴取で終了しています。武藤事務総長に至っては事情聴取を受けたと言う報道すらありません。このように今回の捜査は高橋氏逮捕ありきで始まっていることが伺えます。オリンピックという国家行事を巡る贈収賄事件となれば国の信用を棄損することから、国の行政機関である検察は岸田政権の承認が無い限り着手できないと考えられますので、岸田政権との間で森会長や武藤事務総長の逮捕には至らないという合意があったものと考えられます。

このように今回の捜査では最初から高橋氏逮捕をゴールとしており、その他の組織委員会関係者は高橋氏逮捕に繋がる供述を得られれば不問に付すと言う姿勢が明確です。実は贈収賄事件は司法取引の対象となる典型的な事件なのです。司法取引は、一番の悪を逮捕するためには捜査に協力する他の犯罪者は取り逃がしても良いという考え方に基づいています。検察は、一番の悪を高橋氏と定め、その他の関係者からは高橋氏を逮捕するための供述を得られればよいと考えていたようです。(なお高橋氏逮捕はゴーンを国際指名手配したフランス検察に対するお返しであることは前に書いたブログの通りです)

司法取引が日本で最初に使われたのは2018年11月の日産会長ゴーン氏逮捕事件です。このときは日産の役員がゴーン氏に不正があると東京地検特捜部に相談し、この年の6月から使えるようになった司法取引が使える事件を探していた東京地検特捜部が飛びついたものでした。そのため有価証証券報告書に意図的に少ない報酬額を記載したとしてゴーン氏を逮捕しました。もしそれが事実なら訂正させればよいことであり、逮捕するような事件ではありませんでした。また記載されていたのは実際に受領した報酬約10億円であり、検察が書くべきだったという約20億円の報酬はゴーン氏や当時の日産西川社長らが将来業務委託契約などで補填しようとしていた報酬を加えた額でしたが、それらの契約は日産取締役会で承認されておらず確定していませんでした。実際に支払われていないことは国税がこの事件後追徴課税していないことでも分かります。

司法取引を使った事件としては今回で2件目だと思われますが、どちらにも1人のエリート検事が関わっています。その検事はゴーン事件では特捜部長として事件を指揮していますし、今回の事件では東京地検次席検事として特捜部を監督しています。しかも東京地検特捜部が今回の事件に着手する直前の7月初めに東京地検次席検事に着任しています。残念ながらこの検事が扱った2つの事件は、いずれも冤罪事件と考えられます。司法取引は悪い制度ではありませんが、使う人によっては悪用される危険があります。