氷見野副総裁で日銀は金融庁管理下に入った

2月10日、日銀総裁・副総裁人事が報道されました。総裁に植田和男元東京大学教授、副総裁に氷見野良三前金融庁長官と内田真一日銀理事が就任するとのことです。植田氏は東京大学経済学部でのマクロ経済学・金融論の研究の他、大蔵省金融研究所での研究(2年)、日銀審議委員7年など日銀総裁を務めるだけのバックグラウンドがあります。日銀審議委員の際にはゼロ金利政策や金融緩和策を積極的に提唱していたと言うことですから、基本的には黒田現日銀総裁に近い立場だと思われます。6日の日本経済新聞電子版は、政府は次期日銀総裁を雨宮現日銀副総裁に打診したと報じましたが、これが事実だとすれば雨宮氏氏が固辞した結果、植田氏にお鉢が回ってきたことになります。しかし雨宮氏だと黒田路線踏襲の印象が濃く、岸田政権としての独自性が示せませんから、日経の報道には違和感があります。植田氏が岸田首相の意中の人だったかは分かりませんが、少なくとも雨宮氏より上位候補だったような気がします。

それよりも今回の日銀総裁・副総裁人事の肝は、氷見野良三前金融庁長官が副総裁に就任したことだと思われます。金融庁出身者が日銀副総裁に就任するのは初めてですし、おそらくこれを予想した人は誰もいないのではないでしょうか。日銀の総裁と副総裁は財務省出身者のポストであり、金融庁出身者が間違っても就くポストではないと思われていました。日銀の独立性とは政府に対する独立性とともに金融庁からの独立性(金融庁から監督されることはない)でもありました。しかし前金融庁長官が日銀副総裁に就任したことで、日銀の金融庁からの独立性は破られたことになります。日銀は金融政策を行う機関という性格と銀行(の銀行)という2つの性格を持っており、銀行という性格面では金融庁の監督下にあってもおかしくありません。それをこれまでは日銀の銀行としての経営に問題がなかったことから、金融庁は(政府は)日銀の独立性を尊重し、不関与の姿勢を採ってきたと考えられます。ここへきてこの方針を転換したのは、黒田総裁の下で日銀が日銀当座預金で国債を大量に購入した結果、最終的には銀行システムが破綻しかねない状況になっていることと、日銀のバランスシートで運用と調達にミスマッチが生じており、日銀に資金繰りの不安が生じているからです。

2023年1月31日の日銀毎旬報告を見ると、日銀の総資産は約733兆円で、資産のうち約583兆円が国債です。問題はこの購入原資(負債)で、大きいものは日銀当座預金約524兆円と発行銀行券(日銀券)約122兆円です。これから見ると国債購入には主に日銀当座預金が使われていることが分かります(日銀券は主に貸付金に使われている)。昨年6月末までは国債残高を上回る日銀当座預金残高があり、国債は全額日銀当座預金で購入されている勘定でした。即ち、日銀は銀行が預けた日銀当座預金の運用として国債を買っていたことになります。多額の日銀当座預金があって遊ばせているよりも国債で運用した方がよいという訳です。しかし国債残高よりも日銀当座預金が少なくなるとこうは行きません。日銀が国債を購入するときは購入資金として負債勘定の日銀当座預金に金額を書き込めばよいので問題ありませんが、日銀当座預金は銀行がいつでも引き出せる流動性の高い資金なので、いつ引き出されて減少するか分かりません。現在国債残高よりも日銀当座預金が約59兆円少なくなっているのは、銀行が日銀当座預金を引き出したためです。日銀当座預金は国債に代わっているので、日銀が日銀当座預金を銀行に返還するには国債を売却し現金に代えないといけなのですが、国債を売却すれば長期金利が上昇するためそれはできません。そこで日銀は政府預金やその他の余剰資金をかき集めて銀行へ日銀当座預金を返還していることになります。これ以上銀行から日銀当座預金の返還要求があるともう応じられない状況と言えます。このため1月17,18日の日銀政策決定会合で採られた措置が「共通担保資金供給オペの拡大」でした。これは日銀が銀行に10年間低利で融資し、銀行に10年物国債を買わせることを企図しています。即ち、もう日銀が日銀当座預金で国債を買えなくなったから銀行に買わせて長期金利を低く抑えようというものです。しかし銀行としては長期金利が上がった方が良いわけで、常識的には銀行がこんなことするわけがありません(やった銀行があるのがおもしろいところです)。こんなおかしなことをやらざるを得ないほど日銀は追い込まれているということです。昨年12月の日銀政策決定会合で長期金利の変動幅を0.25%から0.5%に拡大した結果、12月末の日銀保有国債に約8.8兆円の含み損が発生したと言うことですが、日銀当座預金が国債に代わっていることを考えると、この含み損の大部分は銀行の損失に帰属すると考えて良いと思われます。ただし日銀当座預金が銀行に返還されている間は問題になることはなく、現実に銀行の損失になることは当面ないと考えられます。しかし日本の国債残高が1,000兆円を超え、かつ毎年30兆円を超える国債が新規に発行されていること、また今後国債金利が上がることは不可避なことを考えれば、国債を税収で償還するのは不可能であり、国債は将来デフォルトになるのは確実です(今の国債は税収で償還されるという考え方によると。しかし実際は日銀のバランスシート上で国債と日銀券が相殺されて償還されたことになる)。だから国債はジャンク債であり、これが今の低利に抑えられているということは、多額の含み損は抱えていると言うことです。これは直接的には将来日銀が破綻する可能性があると言うことであり、日銀に500兆円を超える国債購入資金を提供(融資)している銀行も甚大な損害を被ることは不可避です。こう考えると今回氷見野良三前金融庁長官が日銀副総裁に就任し、日銀経営に目を光らせることになったことは当然であり、事実上日銀が金融庁管理下に入ったことを意味します。