楽天モバイルとauの新ローミング協定のカラクリ

楽天モバイルとauが新ローミング協定を締結したことが分かりました。発効は6月1日で、楽天モバイルはこれに合わせ「Rakuten最強プラン」という新しい料金体系(auエリアでも2,980円でデータ使い放題)を実施するということです。発表に当たり楽天の三木谷社長もauの高橋社長も新協定の中身については守秘義務を理由に説明しませんでした。しかし楽天モバイルとauが置かれた状況を考えると新協定の中身は自ずと見えてきます。以下に読み解きたいと思います。

  1. 新協定のポイント

新協定を一言で説明すれば「エリアからスポットでのローミング」であり、ポイントは2つあります。

1つはローミングエリアを楽天モバイルの全エリアに広げたことです。これまで楽天モバイルは東京・大阪・名古屋という都市圏から基地局の整備を行い、3大都市圏については早々にローミングエリアから外しました。またその他の地域についても人口カバー率が100%になった地域から順次外して来ました。その結果既にローミングエリアの割合は相当少なくなっている(20%程度?)と考えられます。しかし人口カバー率は500m四方のうち50%以上の面積に電波が届けば100%とカウントしており、楽天モバイルの場合100%となっていても実際は60%の面積にしか電波が届いてないエリアも多数ありました。このようなエリアでもローミングできなくなりましたから、繋がらないと言う不満が噴出するのは当然です。一方3大都市圏では実際に100%近くあるのですが、プラチナバンドがないためにビル内や地下に入ると繋がらないという状況が生じました。このように地方と3大都市圏では繋がらない理由が違っていました。従って人口カバー率が低いエリアでローミングを利用するのと同時に、繋がらないスポットでローミングを利用する必要性が生じていました。そのため今回ローミングエリアを全国に拡大し、繋がらないスポットでローミングを利用できるようにしたものと思われます。

2つ目はローミング料(回線使用料)が大幅に安くなったことです。古い協定では1G当たり500円の従量制と言われており、これだと10Gで5,000円となることから分かるように楽天モバイルの負担は大変高額となります。そのため楽天モバイルは基地局の整備を急ぎ、ローミング料地獄からの早期脱出を目指しました。このローミング料はMVNOのそれより5倍以上高いと思われます。楽天モバイルはMVOでありMVNOのローミング料は適用できないとなったのでしょう。と言うよりauに足元を見られ吹っかけられたのが実体だと思われます。従ってauとしてはいずれ下げないといけないと言う考えはあったと思われます。楽天モバイルの基地局整備が進み、ローミングエリアが当初の20%程度となり、かつそれが人口の少ない地方のエリアであることから、auのローミング収入は当初の10分の1程度に落ちていたと思われます。ここでauが落ち込んだローミング収入を増やすために考えたのが、ローミング単価をMVNO並に引き下げる代わりに楽天モバイルのローミングエリアを全国に拡大することでした。例えばローミング単価を従来の5分の1(1G当たり100円)に下げて、全エリアの繋がらないスポットでローミングを利用すれば、利用件数は数十倍に増加します。その結果auのローミング収入は、値下げ前より増加します。楽天モバイルにとってもローミング単価がMVNO並となれば文句は言えませんし、これで契約が増えない原因となっていた繋がらないと言う不満が解消できます。

  1. 新協定の効果

〇楽天モバイルの効果

(1)ローミング単価が大幅に下がること

たぶんMVNO向けの単価が適用されると思われます。これなら楽天モバイル(三木谷社長)としては文句言えません。

(2)繋がらないと言う不満がなくなること

カバー率が低くて繋がらない、プラチナバンドがないから繋がらないという2つの不満が解消できます。その結果契約数が増えることが期待できます。

(3)4Gの基地局整備を急ぐ必要がなくなったこと

楽天モバイルは基地局の整備を急いだ結果前期4,928億円の損失を出しており、資金調達が困難になっていました。これで4Gの基地局の整備を急ぐ必要がなくなり、資金繰りに一息つけます。三木谷社長の言う「財務上のメリット」です。

(4)プラチナバンドの導入に余裕ができること

楽天モバイルは基地局が増えてもプラチナバンドがないためビル内や地下など電波が届かないスポットがあるのが悩みの種でした。これについてはこの秋にもプラチナバンドが一部割り当てられるようですが、通信設備の整備にそれなりの時間がかかります。またそれでも不足するプラチナバンドの確保も一筋縄では行きそうにありません。新協定の本質はプラチナバンドの共同利用であり、これらの問題の解決に余裕ができます。

(5)5Gの設備投資に集中できること

無線通信は現在まだ4Gが主力ですが、直に5Gが主力になると言われており、通信会社は5Gの基地局整備を急いでいます。楽天も4Gについてはauのローミングを利用し、5Gの基地局整備に集中することになります。

〇auの効果

(1)ローミング収入が大幅に増えること

新協定ではローミング料はau傘下のMVNOと同額となっていると思われ、auにとって楽天モバイルはMVNOと同じ位置付けとなります。ローミング単価は前の協定より低くなりますが、ローミングエリアが全国となるため、ローミング収入は大幅に増加します。また新協定により楽天モバイルは4Gの設備投資を押さえること、プラチナバンドの整備には時間がかかることから、この状態は相当の期間続くと考えられます。

(2)4G設備投資の償却を急げること

5Gに移行すると4Gの設備が無用の長物化します。従って4Gの設備については早めに償却する必要がありますが、楽天モバイルからのローミング料をこれに充てることができます。

(3)ププラチナバンドのサブリースができること

楽天モバイルがauからローミングを受ける最大の理由はプラチナバンドが使えるからですが、auのプラチナバンドは国から借りている(リースを受けている)ものです。これを楽天モバイルにローミングするということはプラチナバンドのサブリースにほかなりません。人の財産を使ったおいしいビジネスです。

(4)ドコモから楽天モバイルを取り戻したこと

楽天モバイルはドコモの鉄塔を一部共同利用しており、この関係からドコモとの協力関係を強化すると考えられましたが、新協定によってauは楽天モバイルをドコモから取り戻し、協力関係を強化することになります。

(5)楽天モバイルの料金政策に足枷を嵌められること

楽天モバイルが当面auのローミングを受ける結果、楽天モバイルの料金政策はauのローミング料に制約されることになります。その結果携帯料金の値下がりにブレーキを掛けることができます。

  1. 今後の展開

この関係を元にauと楽天モバイルは5G基地局の共同整備に乗り出すと思われます。基地局の鉄塔を1社で所有するのは無駄であり、通信各社で共有するのが合理的です。4Gの鉄塔については2022年3月ドコモが鉄塔のうち6,000本をJTOWERに譲渡し、それを楽天モバイルと共同利用しています。今後は通信各社で共同利用する形に進むと思われます。5Gについてもauはソフトバンクと共同で基地局の整備を進めており、楽天モバイルがこれに加わる形になるのではないでしょうか。本来なら4G鉄塔の一部を共同利用しているドコモが楽天モバイルを仲間に引き入れるところですが、ドコモは楽天モバイルとは「文化が違う」と言って離れてしまいました。

  1. auの高橋社長は稲盛イズムの体現者

携帯4社の経営者の中ではauの高橋社長がずば抜けているように思われます。楽天モバイルから高額のローミング料をむしり取った当初のローミング協定も見事ですし、状況の変化を捕らえた新ローミング協定も見事です。新協定など高橋社長の発案か、理解が無ければ実現していません。高橋社長は以前武田総務大臣が携帯各社に値下げを迫ったとき「国に携帯料金を決める権利はない」と発言し注目されました。単なる短気な人かと思っていたら、auが通信障害を起こした際の記者会見では、自ら障害の詳細を説明し深い技術的バックボーンを見せました。auは京セラ創業者でJALの再建でも知られる稲盛氏が中心となって創業した会社であり、稲盛イズムで経営されている会社です。高橋社長からは稲盛イズムが溢れ出ているように感じられます。