熊本大学は「防災科学部」の新設を
熊本大学が元気です。2024年に情報融合学環(学部相当)と工学部半導体デバイス課程を新設します。学部の新設は熊本大学設置以来初めてということで、存在価値が低下した熊本大学浮上のきっかけになることが期待されます。情報融合学環は社会のデジタル化に役立つ人材の養成を目指すもので、特段目新しいものはありません。それよりも制度上は工学部の新設課程の形を採っていますが、半導体デバイス課程が注目されます。というのは、2021年11月9日に世界最大の半導体受託生産メーカーTSMCが熊本に工場を作ることを正式に発表して以来半導体技術者の不足が顕在化しており、半導体デバイス課程の新設がこの問題の解決に貢献すると考えられるからです。
今回熊本大学の学部等新設の動きは稀に見るスピードでした。TSMCが熊本工場新設を発表した1か月後の12月9日には「半導体教育研究センター」を2022年4月に設置すると発表しました。工学部半導体デバイス課程は学生の教育を担当することになります。熊本大学でこれだけのことが出来たのは、2021年4月に就任した小川久雄学長の指導力によるところが大きいと思われます。小川学長の就任記者会見の新聞記事(4月5日付読売新聞)を引用すると、
「熊本大の新学長に就任した小川久雄氏(68)が1日、就任会見を開き、「経営や研究に関する情報を国内外に発信し、社会に貢献する研究拠点として、発展し続ける大学を目指す」と抱負を述べた。具体的には、大学の開放を通じた企業との研究・教育連携の促進、新たな学部設置などに意欲を見せた。大学運営の面では▽学部教育のグローバル化▽研究支援体制強化▽新たな研究分野の掘り起こし――などを挙げ、「トップセールスで積極的に研究費を獲得し、先端研究に磨きをかける」と強調した。」
となっていますから、新学部の設置、新研究分野開拓のチャンスに網を張っていたことが分かります。そしてTSMCの熊本進出に伴う半導体人材不足をチャンスと捉え、トップダウンで迅速果敢に動いたことが伺えます。小川学長の前職は国立循環器病センター理事長であり、「看板に偽りなし」と言えます。半導体産業は政府が総力を挙げて強化している分野であり、資金の流入が期待できます。早速文部科学省から半導体研究のための『DXイノベーションラボラトリー』建設予算(約20億円)や内閣府の「地方大学・地方創生交付金」(テーマ:「半導体産業の強化及びユーザー産業を含めた新たな産業エコシステムの形成」)を獲得しています。更に半導体産業の主管官庁である経産省の支援も期待できます。
このように学部の新設には社会のニーズを捉えることが必要であり、熊本大学の半導体関連学部はこれを見事に捉えたと言えます。これも小川学長が学長就任に当たり学部新設の構想を以ていたから実現したわけですが、もう1つ新設して欲しい(新設できる)学部があります。それは「防災科学部」です。熊本は2016年の熊本大地震や2021年の球磨川水害など大規模な災害に見舞われています。そのため県民の防災意識は高いものがあります。熊本県は4月に県防災センターを完成させていますが、同センターは地上7階、地下1階建ての免震構造で、県の土木部や危機管理防災課など約180人が勤務する他、大規模災害発生時には政府の現地対策本部や自衛隊、警察など各機関を受け入れる専用スペースも設け、屋上には中型ヘリコプターに対応した24時間使えるヘリポートも備えています。これは九州地区の防災センター機能を担う意図の基に作られています。航空機のハイジャックなどのめったに起きない特殊な事件に備えるために8つの管区警察にSAT( Special Assault Team。特殊急襲部隊)が設けられているように、めったに起きない大規模な災害に対処する機能(即応部隊)はブロック単位で持つのが合理的です。九州の場合、地理的にもこれまでの災害経験からも熊本に置くのが妥当です。熊本県は新防災センターの機能を充実させることによってこの地位を獲得しようとしているように思われます。今後国土交通省などに九州の防災即応拠点として必要な装備や要員の予算化を求めていけば、いずれ名実ともに九州の防災即応拠点となります(その際には九州自然災害即応センターに名称を変更する)。それには要員の養成も必要であり、熊本大学で防災の専門家を養成する学部の設置が考えられます。地震や洪水のメカニズム、災害を防ぐ土木や工学の知識、災害発生時の被災者心理や行動の研究、災害関係の法律などが教育内容となりますので、文理横断的な学部となります。卒業生は全国の自治体で必要とされます。これが実現すれば熊本県はハードとソフトが揃った日本屈指の防災先進県となります。
熊本大学は現在、半導体教育研究センター、情報融合学環と半導体デバイス課程の準備に追われ大変だと思いますが、学部を新設するチャンスはそうなく、「防災科学部」の新設も認められる可能性が高いと思われます。