前金融庁長官を社長にしたソニーは電通の二の舞
現在ビッグモーター(BM)保険金不正請求事件の共犯と目される損保ジャパンに金融庁の検査が入っています。10月13日には損保ジャパンホールディングが設けた社外調査委員会が中間報告を発表しましたから、金融庁の調査も山場を超えたものと思われます。社外調査委員会の中間報告にはマスコミ報道以上の内容は含まれていないので、金融庁が検査で掴んだ事実も新しいものは無いと予想されます。
本件は2021年秋頃からマスコミで報道されており、2022年にはBMと損保の取引が一旦停止されています。ということは金融庁もこの頃にはこの問題を認識していたはずで、本来ならこの時点で報告を徴求するか立ち入り検査すべきでした。それに金融庁は定期的に損保に検査に入っており、問題を把握する機会はありました。なのに本件に関してこれまで金融庁は何らアクションを起こしていません。アクションが損保ジャパンや損保業界に与える影響を慮った可能性があります。
そう疑われてもおかしくないほど金融庁と損保の癒着が進んでいます。その最たるものが2018年7月から2020年7月に金融庁長官を務めた遠藤俊英氏が退官から半年後の2021年1月には東京海上日動の顧問に就任していることです。官僚の天下りが問題になるのは、在職中に監督下にある企業に便宜を与え、退官後に天下ってその報酬を受ける事後収賄が行われるからです。遠藤氏の場合もこの疑いが生じます。民間企業にいる人なら分かりますが、民間企業は役に立つ人または役に立った人しか招き入れません。従って遠藤氏は東京海上日動にとって役に立つ人または役に立った人ということになります。
金融庁は民間金融機関に対する検査監督機能の独立強化のため1998年に大蔵省から分離されましたが、その目的からその後長らく金融庁長官経験者が金融機関に天下ることはありませんでした。それは中央省庁の幹部が退官1,2年後には管轄企業に天下っているのと対照的でした。その慣行が破れたのは2004年まで長官を務めた五味廣文氏が2017年に傘下に金融庁監督下にあるSBI証券や住信SBIネット銀行を持つSBIホールディング社外取締役に就任してからではないかと思われます。その後五味氏は2020年6月にはSBIホールディングが出資する福島銀行取締役に就任しています。五味氏の場合は長官退官から10年以上経過していることが言い訳になるかも知れません。しかし遠藤氏の場合は長官退官わずか半年後に金融庁の重要な監督先である損保業界トップの東京海上日動の顧問に就任しており、明らかに金融庁の監督行政への悪影響が懸念されます。
更に遠藤氏は、2023年7月傘下にソニー銀行、ソニー生命およびソニー損保という金融庁監督対象企業を持つソニーフィナンシャルグループ代表取締役社長に就任しています。こうなるとソニーフィナンシャルグループ傘下の金融機関には、金融庁の監督が効かなくなります。
私がこの人事に驚いたのは、ソニーと言えば日本の政界や官界から距離をとり、世界基準でビジネスを展開してきた企業と言うイメージがあったからです。遠藤氏は金融界で実績(業績)を上げているわけでもなく、ソニーがこれまでグループ企業社長に求めてきた基準に合致しないように思われます。だとするとこの人事には別の思惑があるとしか考えられません。ソニーはフィナンシャルグループを公開させてソニーグループから切り離す計画のようですから、遠藤氏の社長招聘はこの計画実現のためと思われます。遠藤氏は金融ビジネスの経験はありませんから実績向に貢献することは期待できませんが、公開の審査にあたって元金融庁長官と言う経歴が効果を発揮すると考えているものと思われます。ソニーは2020年9月に上場していたソニーフィナンシャルホールディングを約4,000億円かけて完全子会社化し上場廃止にしており、これを再度株式公開して完全子会社化に要した資金を取り戻すとすれば、時価総額4,000億円以上の評価を勝ち取る必要があります。今年公開したネット銀行の住信SBI銀行や楽天銀行でせいぜい2,000億円であり、4,000億円と言うのは高いハードルと言えます。ソニーが遠藤氏を社長に招聘したのには、前金融庁長官と言う遠藤氏のネームバリューで公開時の時価総額を引き上げようという狙いがあるように思われます。
しかしソニーのような政界や官界と距離をとってきた企業がこのような不純な動機で官界を利用すると碌なことはありません。これに関して思い出されるのが電通です。電通は2018年、総務省で放送通信行政の中枢を歩み次官まで上り詰めた桜井充氏を招聘しました。桜井氏は次官退任後銀行顧問に就任した後電通に入社しています。最初執行役員でしたが経営幹部入りは約束されていました。そして2019年9月に桜井氏を次官にした高市早苗衆議院議員が総務大臣に再就任すると、2020年1月桜井氏は電通グループ副社長に就任しています。電通は高市大臣のカウンターとして高市大臣の覚えがよい桜井氏を副社長に据えたと考えられます。
その結果どうなったかと言うと、電通と政府・中央官庁の一体化が進みコロナ給付金の支給業務やマイナカードの取得促進業務(ポイント付与)が電通を通して進められることになり、電通の巨額の中抜きが問題となりました。また東京オリンピック贈収賄事件は実質的に電通を舞台としており、これも桜井氏が副社長に就任したことで電通と中央官庁の一体化が進み、電通が官との境界を見失ったために起きたことのように思われます。
ソニーがソニーファイナンシャルグループ社長に前金融庁長官である遠藤氏を招聘したことで、ソニーは電通の二の舞になることが危惧されます。