上場はコストがかかり過ぎる

11月に2件の大型MBOが表されました。11月10日に進研ゼミでお馴染みのベネッセホールディングス(ベネッセ)が、11月24日にはリポビタンDやパブロンでお馴染みの大正製薬ホールディング(大正製薬)が発表しています。買収総額はベネッセが約2,700億円、大正製薬が7,100億円となっています。ベネッセはかって福武書店と言われたように福武家が創業した会社で、現在でも福武家(財団を含む)が大きな影響力を持っています(持ち株割合は15%程度)。大正製薬は上原家が創業した会社で、現在でも上原家が支配していると言ってよい状況です(持ち株割合約40%)。この両社の2023年3月期の決算を見るとベネッセが売上高4,118億円、経常利益158億円、大正製薬が売上高3,013億円、経常利益304億円となっており、業績不振によるMBOではないことが分かります。

ではなぜMBOに踏み切ったかというと、理由は2つあると思われます。1つは、今のままでは事業構造的に将来の展望が描けないことです。ベネッセの場合、通信添削の進研ゼミや模擬試験、個別学習指導などの国内教育事業が売上高2,090億円、営業利益190億円(2023年3月期。以下同じ)で主力ですが、子供の減少とネット教育サービスの増加に押されて縮小傾向(2022年3月比売上高-31億円)にあります。2つ目の柱は介護・保育事業で売上高1,326億円、営業利益66億円となっています。こちらは、売上高は増加(2022年3月期比+53億円)していますが営業利益は減少(同-14億円)しており、利益を増やせる事業ではないように思われます。もう1つ幼児や妊婦、家族向けの教育事業がありますが、売上高678億円、営業利益0となっており、事業としての将来性はありません。

こうなると売上は横這いか縮小、利益は縮小の将来図しか描けず、事業としてはどん詰まりの状況でした。今回のMBOにはスウェーデンのITに強い投資ファンドが参加するようですので、ベネッセを国際的なIT教育企業に変貌させることを考えているようです。

大正製薬はここ5年間売上高2,500~3,000億円、営業利益100~300億円の範囲に留まっており、成長性は全く感じられません。それでもリポビタンDやパブロンは安定的な売上がありますから、経営に行き詰ることは考えられません。大正製薬は昔クラリスロマイシンという抗生物質がヒット(単品で1,000億円を超える売上)し、医薬品メーカーになりかけた時期もありますが、2023年には377億円(12.5%)まで減少しています。こうなると医薬品の開発費をねん出するのも難しい状況であり、事業を大衆薬(セルフメディケア)に特化する選択をしたのかも知れません。

両社の場合、上場したままだと四半期ごとに業績がチェックされ、かつ株価が低下すると会社の信用が低下することから、上場はデメリットが大きいと判断したものと考えられます。これができるのも財務内容が良好なためであり、純資産を見るとベネッセが約1,612億円、大正製薬が約8,093億円あります。ベネッセの場合純資産を上回る買収総額(2,700億円)となりますが、買収総額と純資産の差額は10年程度の利益で取り返せます。大正製薬の場合、7,100億円と巨額な買収総額となっていますが、これでも純資産を約1,000億円下回っており、なおお得な買収価格と言えます。従って上場を廃止し、思い切って事業の構造改革を行う(ベネッセ)、創業家の会社に戻す(大正製薬)という判断は十分に理解できます。

私は両社の場合、これ以外にも上場の煩わしさから逃れたかったのではないかと考えています。上場すると監査法人による会計監査が必要となり、これに年間数千万円の費用が必要となります。それに会計部門の充実が必要となりますし、取締役や監査役も大勢必要となります。これらの上場にかかるコストは年間数億円になりますから、オーナー企業で事業基盤がしっかりした企業は、上場するメリットは少ないように思われます。今後MBOが増えると同時に公開しない企業が増えることが予想されます。