蒲島知事で熊本は16年間「現状維持」

11月16日熊本県の蒲島知事は県議会で来年3月の県知事選には出馬しないと表明しました。これは多くの県民にとって予想通りのことであったと思われます。その予想の根拠は次の通りです。

1.76歳と高齢であり、健康面で今後4年の任期を務めるには不安がある

2.蒲島知事の心残りと思われる川辺川建設再開は今任期中に合意に至る可能性が高まった

3.同じく心残りと思われる肥薩線復旧問題はJR九州社長発言で合意の目途が立たなくなった

4.県庁内で幹部の不正や担当者の重大ミスが多発し、知事退任を先取りしたガバナンス不全が露呈した

これだけ揃えば続投はあり得ません。

蒲島知事は4期16年も知事を務めたことになりますが、蒲島知事ほど県民に支持された知事はいないと思われます。また全国の知事や学者、官僚、国会議員にもファンが多く、熊本県政に有利に働いたと思われます。

蒲島知事の下では2012年7月に阿蘇白川洪水、2016年3月に熊本大地震、2020年7月に球磨川大洪水という大災害が起きましたが、その際蒲島知事は被災者に寄り添い生活再建に尽力されました。蒲島知事の人柄がよく表れていたと思われます。

一方政策面では就任半年後に建設を巡って賛成派と反対派が対立していた川辺川ダム建設計画に同意しないと表明し、川辺川ダム建設を中止しました。これは当時歴史的判断と称賛されましたが、2020年7月の球磨川大洪水によって世紀の誤判断であることが立証されました。蒲島知事はこの判断の根拠を民意に求めましたが、川辺川ダム建設可否の判断は民意ではなく、「ダムがなくても球磨川流域住民の生命財産を守れるかどうか」という科学的知見に求めるべきでした。蒲島知事がこの問題を検討するために設けた有識者会議は、各方面の著名な研究者を集めた結果、委員全員の意見に配慮したどっちつかずの答申になり、結局蒲島知事に判断が委ねられることになったのです。そうなると蒲島知事は民意を重視しますから、一番収まりがよい方を採用します。ダム賛成派は過去の球磨川水害を経験したことから用心のためにダムが必要と考える地元の人たちであり、反対派はダムを造れば球磨川の自然が破壊され二度と取り戻せなくなるからダムは作るべきでないという都会の自然愛好家が主力でした。地元の人たちは地域での対立を嫌いますから温和な行動になりますが、都会の人たちは日々対立の中で生活していますから、過激な行動を伴います。表面に現れる人数としてはダム反対派が多かったと思われますが、多くが地元以外の人であり、地元の人たちの数で言えばそんなに差はなかったと思われます。これらを除く大多数の県民にとってはどうでもよい問題でした。ダム賛成派は主張が入れられなくてもおとなしく引き下がるでしょうが、ダム反対派は主張が入れられなければ反対運動を続けると予想されました。それならダム反対派の主張を入れないと対立は解消しないことになります。蒲島知事の判断にはこのような見地も少なからず入り込んだように思われます。

この蒲島知事の判断は、2020年7月球磨川大洪水が発生し間違っていたことが証明されたわけですが、その後速やかにダム建設再開を決断し、ダム建設予定地の自治体と国交省に働きかけた動きは見事でした。こういうケースの場合、自分の判断ミスを認めないために方針を転換しない人も多いように思われます。判断ミスを素直に認め方針を転換した蒲島知事はいい人であることは間違いありません。

蒲島知事の任期中の仕事は災害対策が中心でしたが、熊本発展のための布石も打っています。熊本地震からの復興に際しては「創造的復興」を掲げ、地震からの復興を熊本発展のインフラ作りに利用しようとしました。八代港に大型客船が寄港できる岸壁を整備、熊本空港を民営化、鉄道熊本空港線の具体化は蒲島知事でないと実現しなかったと考えられます。だから創造力もある人です。

一方残念だったのは、肥薩線復旧に対する蒲島知事の態度です。蒲島知事は地方負担の復旧工事費(約12億7,000万円)は全額県が負担する、復旧後の維持費(運営赤字。初年度予想約7億4,000万円)のうち沿線自治体負担は5,000万円までとする破格の条件で沿線自治体の同意を取り付けましたが、肥薩線は人吉球磨地方の人たちにとり役割を終えた鉄道であり、復旧したとしても1日に数十人の利用しかなく、年間10億円以上の赤字が予想されます。そんな中での蒲島知事の肥薩線復旧方針は、川辺川ダム建設中止判断と重なります。ともに民意に基づくことを根拠にしていますが、実際の民意とは異なりますし、重視すべき判断基準が間違っていると思われます(肥薩線で重視すべき判断基準は採算性と持続可能性)。このことはJR九州の古宮社長も「乗客数十人で税金200億円、価値あるのか」という言葉で主張しており、日本人の民意だと思われます。

蒲島知事は東大法学部政治学科の教授であったことから、政策決定において民意とプロセスを重視したように思われます。しかし蒲島知事が重視する民意は、現状における多数派の意見であり、それは既得権者の意見ということになります。従って蒲島知事就任当時多数派であった県議会自民党には好都合の知事でしたし、16年間変わらずに県議会最大勢力を維持できました。その他の既得権者も蒲島知事就任当時のまま温存されていると思われます。この結果熊本では16年間何の変化も起きませんでした。熊本県民は変化を嫌い安定を好みますから、県民の多数にとっては心地よかったと思われます。これが蒲島人気の原因です。この結果熊本は16年間「現状維持」が続いたことになります。川辺川には当時と同じようにダムはありませんし、肥薩線は現状に復旧されようとしています。他県の多くはこの間前進していますから、結果的に熊本は後退したことになります。これが蒲島知事(県政)の実像です。