トヨタの子会社から不正が頻発する訳
12月20日、ダイハツの認証試験不正を調査していた第三者委員会の報告書が公表されました。新たに書類の虚偽記載など174件の不正を確認し、不正があった車両は従来の6車種からトヨタ自動車など他社ブランドを含め64車種に拡大しました。不正は1989年から行われていたということです。この原因について第三者委員会は、「ダイハツの経営幹部が、短期開発の推進にあたり、その効用にばかり目が行き、不正行為の発生というその弊害に思いが至らず、不正対応の措置を講ずることなく短期開発を推進したことにある」とし、親会社であるトヨタの責任について第三者委員会の貝阿弥委員長は、「トヨタには責任はない」「ダイハツの自主性を尊重していろいろなことに関与してこなかったのではないか」と述べています。これは、不正の責任はダイハツ経営幹部にあると言いながら、長い間トヨタから派遣された社長または会長がダイハツの経営トップだったという事実と整合性がないように思えます。なぜこういう見解になるのだろうと思い、貝阿弥委員長の経歴を調べたら、貝阿弥委員長は裁判官出身であり、それも家裁が長い(最後は東京家庭裁判所所長)ことが影響しているように思われます。家裁は刑事事件のように事実を検証し責任の所在を明確にするというよりも、紛争の当事者が折り合いが着く着地点を探すのが職務です。そのため紛争の当事者に寄り添い、当事者が置かれた状況を忖度します。多分不正に関係するダイハツ社員も経営幹部も第三者委員会のヒヤリングに対して誠実に対応し、共に責任を認定するのは難しかったものと思われます。要するに悪意なき不正だったということです。報告書には、社員は「追い込まれて」「やむに已まれず」、経営幹部は「そこに思いが至らず」などそれを伺わせる表現が溢れています。
世界一の自動車メーカーであり日本一のエクセレントカンパ―であるトヨタでは、子会社の不正が相次いでいます。昨年は日野自動車(日野)で認証不正が発覚し、今回ダイハツです。日野におけるトヨタの出資割合は50.1%であり、形式的な子会社とも言えますが、ダイハツの場合は100%子会社であり、完全にトヨタの責任下にあります。親会社のトヨタでは長い間目立った不正は起こらず、なぜ子会社ではこうも起きるのでしょうか?普通子会社になると親会社から社長以下経営幹部が多数派遣され、経営が完全に親会社のコントロール下に置かれます。この人たちは子会社社員から太平洋戦争敗戦後日本に進駐してきた米軍(連合国軍)に例えて進駐軍と呼ばれたりします。子会社化される場合というのは経営が悪化した場合が殆どであり、親会社のやり方を取り入れ経営改善を行います。その結果経営は改善することが多いのですが、その会社の主体性は無くなり、企業としての独自性は失われることが多くなります。
しかしトヨタの場合はこうなっていないのです。トヨタは日本の多くの自動車メーカーに出資していますが、経営支配は目的にしていません。例えばスバルには20%出資していますが、スバルも0.4%出資し、あくまで相互持合いの形をとっています。これはマツダ(トヨタ5.1%、マツダ0.3%)、スズキ(4.94%、0.2%)、いすゞ(4.6%、0.?%)でも同じです。あくまでもパートナーとしての出資に留まっています。
トヨタは販売網においても日本の他の自動車メーカーと異なる特色があります。それは販売店の96%(2019年)が地場資本(地域の有力企業により出資・経営されている)であることです。日本の他の自動車メーカーも販売網構築当時は同じだったのですが、トヨタ一強が進んだ結果販売店の経営が悪化し、販売店の多くがメーカー資本に代わっています。この違いはどのように現れるかというと、トヨタにとって販売店は車を売って頂く大切なパートナーですが、メーカー資本の販売店は子会社扱いとなります。その結果メーカー資本の販売店は、地場資本の販売店と比べると社員の士気が低くなりがちです。従って販売店は地場資本が望ましく、トヨタは長い間望ましい形を維持していることになります。
この結果トヨタは、取引先との関係はパートナーシップが望ましく、支配従属関係は望ましくない(良いことはない)と考えている(そういう思想が流れている)ように思われます。この思想(ポリシー)は日野やダイハツに対しても同じであり、資本上は子会社であってもパートナーとして扱おうとしているように思われます。そのため経営陣の派遣は少数に留め、経営責任者である社長(会長)を派遣するにしてもパートナーとしての独立性を保つ(トヨタ本社の過度な経営介入を防ぐ)のが最大の役割だったように思われます。そのため日野やダイハツの実務はプロパー経営陣や社員に任せ、トヨタの社員はできるだけ関与しない体制を採ってきたのではないでしょうか。それでも目に見える部門、とりわけ生産部門はTPS(トヨタ生産システム)の導入を推進し、生産品質はトヨタ並みを実現していると思われます。ただし認証試験など目に見えない部門は、トヨタにもTPSのような確立されたものはなかったため、パートナーシップの思想もあって各社のやり方に委ねられていたと思われます。
このような見方が当たっているとすれば、日野・ダイハツと続くトヨタ子会社の不正は、取引先との関係はパートナーシップと考えるトヨタのポリシーからすれば、防げなかったように思われます。ではトヨタにあって日野やダイハツに無かったものは何かというと、それは豊田章男会長が12月22日ベストカーWEBの取材に答えて述べた次の話に答えがあるように思われます。
「わたしがトヨタ自動車の社長になって、アメリカでリコール問題がおき、安全がいかに重要かを痛感しました。そして、それまでの”量”や”原価”を重視したクルマづくりを改めました。優先順位を、(1)安全、(2)品質とし、(3)量や(4)原価はその下と位置づけ、従業員に徹底しました。安全や品質を最重要視することは、自動車会社として当たり前のことなんです。そういう当たり前のことを当たり前にするためには、経営陣が従業員としっかりと向き合うことが重要なんだと思います」
要するにトヨタの優先順位は(1)安全、(2)品質、(3)量、(4)原価だったのに、日野やダイハツではこうなっていなかったのです。たぶんこれら4つが同列だったものと思われます。これは多くの他の自動車メーカーでも同じです。従ってトヨタの優先順位を日野やダイハツにも適用していれば、日野やダイハツの不正は防げたと思われます。
ダイハツの不正は根深いものではなく認証試験の中でも形式化している試験を端折ったもののように思われます。従ってトヨタが重視する上記優先順位をトヨタ憲章としてダイハツに適用すれば多くが解決すると思われます(ただし一時的には安全性試験や品質保証部門にトヨタの社員を派遣する、長期的にはトヨタ本体で認証試験に関してTPSのような社内システムを確立するなどの対策は必要)。
トヨタのように子会社化しても経営の独自性を尊重する大企業としてスイスの製薬企業ロシュがあります。ロシュは世界中で製薬企業を買収(子会社化)していますが、経営陣はそのままにすることが多く、その子会社は優良な経営を続けているケースが多いのです。日本では2002年に中外製薬を買収しましたが、経営陣は変えず、中外製薬は新薬の開発でヒットを飛ばし続けています。世界的には買収したら完全に支配する企業が多いですが、魅力があって買収するのなら独自性を尊重する方が望ましいと言えます。従って子会社であってもパートナーとして尊重するトヨタの思想は間違っておらず、ダイハツ不正でこれを転換する必要はないと思われます。