能登地震、岸田首相という悲劇

今年の正月に起きた能登地震はマグニチュード7という大地震でした。これは大きな被害が出るなと思っていたら、7日時点で128人が亡くなり、200名近くが安否不明となっています。今回の地震は津波、火災、家屋倒壊、土砂崩れ、道路寸断、停電、断水とフルコースの被害が出ており、地震は複合災害であることを思い知らされるものとなっています。

東日本大震災と熊本地震を経験した私は、マグニチュード7と聞けばすぐ多くの人命にかかわる大災害だと直感します。従って政府は即座に人命救助のため大規模な自衛隊派遣体制を組むかと思ったら、その日の夜発表されたのはわずか1,000人体制でした。そして2日目1,000人、3日目4,600人、4日目5,000人、5日目5,400人となっています。2011年3月11日に発生した東日本大震災では、発生当日に約8,400人の自衛隊員が派遣され、2日後の13日には5万人超、1週間後の18日には10万人超の隊員が派遣されたとされています。2016年4月14日に発生した熊本地震では初日1,000人、2日目2,000人とほぼ能登地震と同じでしたが、3日目14,100人、4日目20,000人、5日目24,100人と急激に人数を増やしています。

確かに被害の規模や範囲の差はありますが、救助できる人命は自衛隊の派遣人数にかかっており、この少なさは政府が能登の人たちの人命救助に熱心ではなかったと思われても仕方ありません。熊本地震並みに派遣していれば死亡者はもっと減少いていた可能性があります。

なぜこうも少なくなったかというと、最大の原因は岸田首相の人間性によるものだと思われます。家族のこと以外全てが他人事なのです。たぶんマグニチュード7と聞いても「大きいね」くらいしか思わなかったと思われます。「あ、これは多くの犠牲者が出る。速やかに自衛隊による大規模な救助体制を組まないといけない」など思いもしなかったでしょう。この人は肌感覚や皮膚感覚が欠如していますから、当然のことです。真空(心空)総理の特徴がよく表れています。安倍首相の時代には東日本大震災と熊本地震が起きましたが、上記自衛隊の派遣人数で分かるように救助に全力を尽くしていたと言えます。安倍首相は皮相的な人でしたが、人の感情が分かる人でした。人が今何を望んでいるかに常にアンテナを張っている人でした。それに答えることが選挙で勝利することに繋がると思っていたからです。岸田首相は早大卒で頭は普通なのですが、自分で考えることができない、目に見える現象から情報を把握できない、把握できるのは人から聞いた情報・本に書いてある情報のみという超受け身人間です。こういう人は、自分が経験したことのない場面でリーダーシップを発揮することはできまでません。岸田首相に国民の多くが危惧していたことが能登地震で露になったことになります。

岸田首相は1月4日、能登地震の安否不明者の救命目安とされる72時間の経過を待っていたかのように、自民党の派閥の政治資金パーティーをめぐる問題で、総裁直属の機関として「政治刷新本部」を立ち上げ、再発防止策や派閥のあり方などの検討を進める意向を表明しましたが、これは救命活動の最中も岸田首相の関心はこちらにあったことを示しています。能登地震の被害の重大さを見たら、被災者の救済に全力を尽くすべきであり、こんな問題はその後に扱えばよいことは子供でも分かります。能登地震では日々犠牲者数が増えていますが、これは政府の最高責任者が岸田首相だったことによる悲劇と言えます。