木村知事の「高校普通科はいらない」発言の正否

熊本県庁で8月20日に初会合が開かれた「くまもとで働こう」推進本部の会議で、熊本県内では去年10月から求人数に対し求職者数が6,000人から8,000人ほど下回っている、一般事務職への応募は多い(求人の3倍)のに対し、建築・土木・測量技術者や介護サービス職などいわゆるエッセンシャルワーカーと言われる職種への応募が非常に少ないという状況が報告されました。

この報告後木村知事が「私の心の中の長年の持論が証明された。逆をみると足りていてどうしようもないのが、一般事務とかは、要はいらないんですよ。そういう若者を育てちゃいけないんですよ、僕らは。教育長に過激な言い方だけど、普通科なんかいらないと僕は思っているのね」「一般事務は全部AIが代行する。これから必要なのは、エッセンシャルワーカーだ」だと述べたことが、全国紙やヤフーニュースで報道され、大きな論争を呼んでいます。ヤフコメには数千件のコメントが書き込まれていますから、熊本県人だけでなく全国の人が反応していることが分かります。

ヤフコメを見ると、「一般事務職の人に失礼」「普通科の高校生の気持ちも考えろ」との声が多いですが、一方「言い方は悪いが、言っている内容は本当のこと」と擁護する声も3割くらいあります。新聞などは木村知事の失言として報道しましたが、現在の問題点をあぶり出した効果もあるようです。

ここでは木村知事発言のうち「(高校)普通科はいらない」について検証してみたいと思います。これは一言で言えば短絡的と言えます。これは本人も「過激ないい方だけど」と言っており、自覚しています。「普通科はいらない」というのは事実ですが(ヤフコメでも賛同する声が多い)、それはエッセンシャルワーカーを増やす手段としてではありません。若者の才能を伸ばすためです。現在東大や医学部合格者の大部分は、私立中高一貫校出身者が占めており、出来たら中学校から才能別教育を行うのが効果的ということが明かになっています。スポーツでもサッカーや卓球などいくつかの種目で、才能ある子供を中学生からアカデミーで(選抜して)教育しています。シンガポールでは中学進学時に国家経営に当たる官僚になる子供を選抜しており、選抜次期としては中学進学時が一番適切と言われています。日本の場合、中学進学時には将来の職業を決めていない子供が多く、中学から全員職業別進路とするのは難しいと思われます。しかし高校進学時には少なくとも学力の優劣ははっきりしており、学力が必要な職業に付ける子供とそれ以外の職業を目指した方が良い子供は見分けがつきます。従って高校から将来の職業に応じた教育を受けるようにするのは合理的と言えます。

実際工業高等専門学校(高専)は将来主に製造業で働く技術者の養成を行う学校として作られましたが、今では製造業から引っ張りだこであるばかりでなく、大学工学部においても工学の基礎が身についており入学後直ぐに専門教育ができるとして3年次編入枠を拡大しています。例えば熊本大学に今年新設された工学部の半導体プロセス工学課程では、定員40人のうち半分の20人は高専からの3年次編入者が占めています。一般入試枠は15人(他に推薦枠が5人)ですが、入試結果を見ると熊大工学部の偏差値(45~47.5。スタディサプリ)で割り振られたことが分かります。即ち普通科からの進学はなりたい職業で選んだのではなく、偏差値で選んだ生徒が多いということが分かります。これでは普通科からの進学生が15歳でなりたい職業を選んで5年間夢に向かって勉強してきた高専からの進学生に敵うはずがありません。

これは大学が専門学部制をとっている法学部や経済学、医学部、教育学部などでも同じことが言えます。例えば将来弁護士などの法曹になりたいのなら、高校は法曹高等専門学校(法曹高専)に進めば、卒業時(20歳)に司法試験に合格する生徒が相当でます。合格しなかった生徒は大学法学部3年次に編入する、法科大学院に入学する、司法試験予備校に通うなどの選択肢があります。たぶん予備試験コースで圧倒的合格率を誇る司法試験予備校伊藤塾に通う人が多くなると思われます。公認会計士や税理士を目指す人には、会計高専を設けます(商業高校を5年にして高専に改組することも考えられる)。やはり卒業までに公認会計士や税理士に合格する人が多数でます。医療関係に従事する人向けには医療高専を設けます。ここで5年間勉強した人の中から学力と適正、希望に応じ、大学の医学部、薬学部、看護学部などに進学・編入するものとします。医者になるには医学部の前に基礎教育が必要というのは元順天堂大学学長で第125代明仁天皇の冠動脈バイパス手術の執刀医として有名な天野篤医師の持論でもあります。こうして高校普通科はいくつかの高専に分化しますが、将来の職業を決め切らない人、または教養人を目指す人のために一部残すことも考えられます。職業別高専では職業に関係ない教養科目が抜け落ちることを不安視する向きもあると思いますが、これは通信教育の教養大学を設け興味ある人は受講すればよいと思われます(現在の放送大学でも目的は果たせる)。

このように高校からは本人の適性や将来の職業希望に応じた専門教育を提供することが必要となっています。それを指して木村知事が「普通科はいらない」と言ったとすれば当たっています。しかしこれでもエッセンシャルワーカーを増やすことにはなりません。エッセンシャルワーカー、具体的には介護職、トラック運転手、バス運転手、建築現場作業員、トラック整備士などが不足する最大の要因は賃金が安いことであり、求人数を満たす応募があるまで賃金を引き上げるのが唯一の解決方法です。これに対し熊本県は2024年度の最低賃金を昨年比54円アップの952円に定め、56円アップした鹿児島県や沖縄県などと並び全国最低賃金の県となりました。鹿児島県や沖縄県は全国最下位を脱出するために56円アップしたのに対し、熊本県は全国最下位に並ぶために54円アップに留めました。これで若者が県内企業に就職する訳ないし、これの影響をもろに受けるエッセンシャルワーカーが増えるわけがありません。こんなことが分からず最低賃金の決定に指導力を発揮しなかった木村知事に「普通科はいらない」などと発言する資格はないと思われます。