ビートル浸水隠蔽で刑事捜査が始まる

2022年4月23日北海道知床沖で26人が乗った観光船「KAZUⅠ(カズワン)」が沈没した事故で、9月18日海上保安本部は運航会社「知床遊覧船」の桂田社長を逮捕しました。捜査に当たった海上保安本部の警備救難部長は、運航会社の桂田社長には「運航管理者として、乗員乗客の安全を確保するため発航・航行の中止をする必要があった。その義務を負っていた者が、しっかりとその義務を果たせていなかった」ことに責任(過失)があると述べました。また在宅捜査ではなく逮捕に至った理由について刑事課長は「証拠隠滅の可能性を排除できなかったため」と述べたということですが、2年半もたっての逮捕には何か背景があると考えられます。

本件では最大の責任者である船長が事故で亡くなっていますから、船長に責任を問うことはできません。そうなると運航会社の社長である桂田容疑者の管理責任が問えるかどうかが問題になります。ようするに桂田社長の「運航の可否の判断については船長に任せていた」という説明が通用するかどうかということです。今回海上保安本部は、桂田社長にも責任があると判断したことになります。桂田社長がここまで逮捕されなかったということは、桂田社長の「運航の可否の判断は船長に任せていた」との主張が一理あったからであり、観光船の現場の実体を反映していたものと思われます。確かに海の状況を見て運航できるか否かの判断は、運航経験豊富な船長がするのが一番妥当なように思われます。従って桂田社長の主張は間違っておらず、普通なら逮捕や刑事罰は難しいように思われます。

しかしこれによって船の運航会社の責任者(社長)が責任を全く問われないとすると、利益優先となり船体の修理や従業員に対する安全教育などが疎かになり、安全運航が確保できなくなります。このように船の安全運航は運航会社の社長と船長が連帯して責任を持つことで確保できます。知床遊覧船の運航会社は定期検査で指摘された不備を是正せずに運航していた過去もあり、安全運航責任を十分果たしていたとは言えません。

そして海上保安本部が桂田社長に刑事責任を問う判断をした決定的理由は、JR九州高速船の浸水隠蔽です。これは8月15日報道されたJR九州高速船が運航する博多と韓国釜山 を結ぶ旅客船「クイーンビートル」(定員502人)で浸水が発生していることを隠して3か月以上運航を継続していた事件です。今年2月12日に船首部分で2~3リットルの浸水が確認されましたが、そのまま運航を続け、5月30日に浸水が1mくらいに達したことから国交省に届け出たということです。この間ビートルはJR九州高速船田中社長の指示で運航を続け、航海日誌や整備記録には虚偽を記載していたということですから、本件は明らかにJR九州高速船田中社長の安全運航責任違反と言えます。海上保安本部は知床遊覧船事故の教訓が全く生かされていないことが分かり、その原因は知床遊覧船事故で運航会社社長の責任を問わなかったことにあると考えたものと思われます。その結果当初予定になかった知床遊覧船運航会社の桂田社長の逮捕に踏み切ったと考えられます。

これが正しいとすれば海上保安本部はビートル浸水隠蔽事件の刑事捜査に着手することになります。国交省は9月17日JR九州高速船に対し、海上運送法に基づき「輸送の安全の確保に関する命令」と「安全統括管理者及び運航管理者の解任命令」を発出していますが、これは行政処分であり、刑事事件の捜査を妨げる理由にはなりません。解任命令の発出は初めてのことであり厳しく対応した感を出していますが、安全統括管理者および運航管理者は既に任を解かれていると考えられ、無意味な処分であることが分かります。そのためこれでは安全運航責任の徹底には繋がらないことは明らかです。

本件は定員502人の大型旅客船で起きたことであり、沈没事故となれば多数の乗客の命が失われる可能性がありました。こんな大型旅客船で、かつ鉄道事業で船よりも厳しい安全運行(運航)責任を負っているJR九州の子会社で起きたことを考えると、安全運航責任違反の責任は厳しく問う必要があります。知床遊覧船事故との違いは、本件の場合死亡者が出ていないことですが、殺人罪でも被害者が死亡に至らない場合殺人未遂罪で処罰されていますから、本件も死亡事故未遂事件として刑事罰を科されてもおかしくありません。JR九州高速船はJR九州の直系子会社であり、かつ鉄道と同じく安全運航責任が厳しく問われる事業です。本件発生後の記者会見にはJR九州の古宮社長は出席せず、本件を軽視していることが伺えます。知床遊覧船事故で運航会社の社長を逮捕したことから、浸水を知りながら運航を指示したJR九州高速船田中社長の逮捕は免れませんし、この事実をJR九州幹部が知っていたとしたらその幹部の逮捕も免れないと思われます。そして本件を軽視したJR九州古宮社長は、逮捕はないにしても解任は免れないと思われます。