ラピダスにはモリス・チャンがいない

経産省は来年の通常国会にラピダスを継続的に支援するための法案を提出するとのことです。ラピダスは今後4,5兆円の資金が必要と言われており、経産省の判断で継続的に支援できる仕組みを法案化する意図です。仕組みとしては、国の保有するNTT株式や今後株式公開を計画する商工中金株式を償還原資としてつなぎ国債を発行し補助金に充てること、ラピダスの銀行借入に政府保証を付けることが中心となっています。

ラピダスが失敗した場合、これらの資金は国民が増税という形で負担することとなりますので、国民も無関心ではいられません。この法案は当初年内の特別国会で承認を得ることが計画されていましたが、先の総選挙で自民党が小数与党に転落したことから承認の目途が立たず先送りされました。通常国会に提案されても状況は変わらず難航が予想されます。

これまでTSMCの熊本進出で熊本が好景気に湧いていることもあり、ラピダスの件も肯定的に報道されていましたが、ここにきて風向きが変わってきています。それはラピダスがやろうとしている先端半導体の製造事業がとてつもなく難しい事業であることが分かって来たからです。例えば半導体不足に懲りた米国政府の要請で半導体の受託生産事業に進出したインテルが2兆円を超える減損を計上(設備投資を回収する見込みがないと判断した)しリストラを開始したこと、米国政府の要請でテキサス州に先端半導体工場を建設中の韓国サムスン電子が受注の目途が立たず完成時期を2026年に延期したこと、サムスン電子は韓国内の先端半導体工場でも歩留まりの問題を抱え(TSMCより1割以上悪いと言われている)受注が伸びていないことなどです。これを見るとラピダスが成功すると考える方がおかしいと思えてきます。これに対してラピダスや経産省は何ら成功できる根拠を示していません。経産省は民間からの支援もあることを示すため民間企業から投資を募っており、1,000億円の目途が立ったと報道されています。ラピダスは民間企業8社(キオクシア、ソニーグループ、ソフトバンク、デンソー、トヨタ自動車、NEC、NTTおよび三菱UFJ銀行)で設立されましたが、出資額を見ると三菱UFJ銀行(3億円)以外の7社は10億円で並んであり、お付き合い出資であることが分かります。補助金を出す先は民間企業である必要があることから、経産省がこれらの企業に頼み込み出資してもらったことが伺えます。現在進行中の増資についてはこれらの企業も全社引き受け、さらに日本政策銀行が100億円、メガバンク3行が150億円引き受けると報道されています。これらの銀行が引き受けるのは、政府保証の融資で巨額の利息収入が得られるからであり、事業が成功すると判断しているわけではありません。1,000億円が民間企業から集まるとは考えられず、たぶん経産省傘下の産業革新機構がこの大部分を引き受けるものと思われます。

実はラピダスの事業が成功する見込みが高ければ、4,5兆円の投資は民間企業から集まります。例えば孫会長のソフトバンクグループ(SBG)です。半導体設計企業アームを約3兆円で買収しましたし、エヌビディアを数兆円で買収しようとしました。現在AI分野の投資に注力しており、手元資金は5兆円あると言われています。エヌビディアの主力商品はGPU(画像処理用演算装置)ですが、これに使う先端半導体は全量TSMCに発注していると言われています。AI分野が伸びると先端半導体の需要が膨らむことから、先端半導体製造事業は有望となりますが、SBGは一切投資に関心を示していません。何故かと言うと先端半導体の生産はTSMC1社で十分であり(またTSMCしか安心して発注できない)、新規の参入は不可能と考えているからです。

それにラピダスはSBG(というより孫会長)が投資する基準を満たしません。孫会長が投資に当たって重視しているのは、伸びる分野であることと経営者が突出した才覚を有していることの2つです。中国アリババへの初期投資約74億円はジャック・マー社長に会って即決しています。ラピダスがやろうしている先端半導体製造事業は伸びる分野であることから基準を満たしますが、ラピダスには投資に値する経営者が見当たりません。経産省がラピダス支援に走るのは、台湾政府がTSMC設立を主導しここまで育てことに倣おうとするものですが、TSMCは創業者モリス・チャンがいたからこそ成功したものであり、ラピダスにはモリス・チャンに相当する人がいません。モリス・チャンはテキサスインスツルメント(TI)で20年間半導体の生産に携わり、TIのCEO候補にもなっています。その後台湾政府に招聘され54歳で工業技術院の院長に就任し、台湾政府の支援を得てTSMCを設立、経営に当たっています。一方ラピダスの経営陣を見ると東哲郎会長は半導体製造装置メーカーである東京エレクトロンの社長および会長を務めていますが、営業部門出身で今年75歳ですし、小池淳義社長は日立製作所で半導体の技術開発に従事し、その後外資系半導体会社の社長などを務め今年72歳です。投資する立場からするとラピダスのような先端半導体生産事業を成功に導けるキャリアとは思えませんし、特に年齢が高過ぎます。ラピダスは10年間走り続ける必要があり、経営者には体力と気力が不可欠ですが、人間60歳を超えてくるといろんなところにガタが来て無理が効かなくなります。東会長や小池社長の年齢ではいつ訃報が届いてもおかしくありません(それだけ激務ということ)。だからベンチャー企業の経営者にはあり得ない人事と言えます。経産省が主導する偽装民間会社はラピダスの他小型ロケット打ち上げ企業であるスペースワンがありますが、この会社の社長は元経産官僚で75歳と高齢です。この時点でこの両社は投資対象から除かれます。ラピダスはモリス・チャンに匹敵する人材を経営者に据えない限り成功はあり得ないし、巨額の投資を行う要件を欠きます。