斎藤知事公職選挙法違反の主張者は1,000万円賭けられる?
11月17日投開票の兵庫県知事選挙で、告示日前には落選確実と言われていた斎藤前知事が当選するというドラマがありましたが、何とその後ドラマの続編が用意されていました。当選から3日後の11月20日、西宮市にあるPR会社の女社長が投稿サイトに「斎藤氏の依頼により選挙の広報戦略全般を担当した」と投稿したのです。その中に斎藤氏と打ち合わせる場面やプレゼ内容も掲示されており、一見事実のように思われました。公職選挙法では選挙活動で報酬を支払うことができるのは事務員や車上運転員などに限定されており、このPR会社が有償で請け負っていれば公選法違反になると考えられました。同時にPR会社が顧客との取引内容を公開することはビジネス常識上禁忌であり、この女社長が慶大SFC卒32歳のキラキラキャリアだったことから、ネット上には「これおれ詐欺」「承認欲求強すぎ」「それやっちゃダメでしょう」など女社長を非難する声が溢れました。
これに脱兎のごとく飛び付いたのがマスコミでした。特に「パワハラ・おねだりがあった」「公益通報を適正に扱わなかった」と一方的に報じ斎藤知事辞職の道筋を作ったマスコミは、敗者復活戦とばかりに連日公職選挙法違反濃厚と報じました。しかし前回の報道が「一方的偏向報道」「事実に基づいていなかった」「オールドメディアがSNSに敗北した」と批判された新聞とテレビでは、対応に違いが見られました。新聞は抑制的でしたが、テレビは前回通りでした。そんなテレビでもワイドショーの弁護士コメンテーターに変化が見られました。前回は番組の編集方針に従い斎藤知事を悪者に仕立てるコメントをしていたのに対し、今回は「公職選挙法違反が濃厚」と主張する芸能人コメンテーターに「証拠もないのに軽々しく公職選挙法違反と言い建てるのは良くない」とたしなめる弁護士が増えていました。清原博弁護士や野村修也弁護士は「公職選挙法違反ではない」と言い切っていました。これは前回の反省とこのままワイドショーの編集方針に同調していたら自分の信用が地に落ちると考えてのことと思われます。
今回の公職選挙法違反問題は前回の「パワハラ・おねだり」「公益通報」問題ととても似た構造になっています。前回問題の発端を作ったのは兵庫県庁の現役局長でしたが、今回は斎藤氏の選挙に関わったPR会社の女社長でした。ともに斎藤氏と近い関係(女社長は兵庫県の委員を委嘱されたことがあった)にあり、第三者が「事実かも」と思うのは当然でした。しかし前回マスコミは、当該局長が自死したことから告発内容の真偽については全く検証しませんでしたが、今回は「女社長が自己アピールのためにやらかした」という視点でも報道していました。そうだとすれば公職選挙法違反の問題ではない可能性が高まることから、テレビのワイドショーはもっと抑制的に報道すべきだったように思われます。
公職選挙法違反かどうかについて言えば、当初から違反でない可能性が高かったように思われます。何故かと言うと、斎藤氏は総務省出身であり公職選挙法の内容にも詳しかった、少なくとも土地勘はあったはずであり、こんな初歩的なミスを犯すはずがないからです。それに前回の問題以来斎藤氏には弁護士がついており、殆どの法律行為につき弁護士チェックが入っていたはずだからです。この問題が報道された際元財務官僚の高橋洋一氏は、「支払った金額によるだろう」と言っていましたが、その通りだと思いました。選挙ですからポスター制作は必須であり、支払った金額がポスター制作費相当額なら問題ありません。そこで選挙に際してポスター制作費としてどれくらいの金額が相場なのか調べてみました。対象は2021年9月に行われた衆議院選挙兵庫小選挙区の候補者が選挙委員会に提出した選挙運動に関する収支報告書(兵庫県公報(令和4年10月25日 号外))です。これを見るとポスター制作費は100~120万円が多くなっています。県知事選挙の場合選挙エリアは衆議院小選挙区より広大ですから、実際に必要な金額はこれ以上になると思われます。ポスター制作費は選挙公営化(お金のない人でも立候補できるようにする)の観点からほぼ公費負担となっており、抑える必要はありません。これからすると後日明らかになった斎藤氏側がPR会社に支払った金額715,000円(消費税込み)は、斎藤氏の言う通りポスター制作費と考えてよいと思われます。今度は「安すぎる。寄付があったのではないか」とかの疑義が提示されそうですが、それは言い過ぎです。これは斎藤氏がこのPR会社に依頼した原因でもありますが、斎藤氏には選挙資金が無かったのだと思われます。斎藤氏の知事時代の年収は前知事のそれを3割カットした1,700万円であり、全国45位となっています。1,700万円だと税金や社会保険料を差し引くと残るお金は年間800~900万円であり、多額の貯えは無かったと考えられます。それに知事の退職金も5割カットしており、今回の辞職により支払われる金額も知れています。こんな状況で十分な選挙資金があるはずがなく、ポスター制作についても安いところを探していたところこのPR会社に至ったと考えられます。ポスター制作費はほぼ公費負担ですからもっと高くても良かったはずですが、県庁で経費節減を実行していた習慣でこの金額に留めた(値切った)ものと思われます。それは斎藤氏の顧問弁護士でも伺えます。斎藤氏は東大法学部卒であり、同窓には弁護士が多数います。それに斎藤氏は総務省出身で東京に足場がありますから、顧問弁護士は東京の西村あさひなどの大手弁護士事務所所属者だろうと思われました。しかし神戸の小さな弁護士事務所の地元弁護士でしたから拍子抜けしました。やはりお金がなくてここにしか依頼できなかったものと思われます。
なお715,000円はポスター制作費だとして、PR会社と斎藤氏の間に斎藤氏が当選した暁には県から業務を発注する約束でPR会社はネット業務全般を行ったという事前収賄説を唱える人がいますが、妄論です。斎藤氏側がPR会社に発注したのは10月初旬であり、その当時斎藤氏の当選可能はほぼない状況でした。こんな中で当選後利益を供与する約束で業務を請け負うなどと言うことはあり得ません。これを主張した若狭弁護士が東京地検特捜部副部長(民間企業で言えば支店の次長または課長)で終わった理由が分かるような気がします(同じくこれを主張する東国原氏と同じレベル)。
以上によりそろそろ斎藤氏の公職選挙法違反はないということで収束します。今後反斎藤派の人たちが兵庫県警に告発するでしょうが、兵庫県警は嫌疑なしまたは嫌疑不十分で不起訴処分とします。検察審査会に申し立てても結果は変わりません。
果たして弁護士なら弁護士バッジを賭けて、個人なら1,000万円(100万円でもよい)かけて斎藤氏は公職選挙法違反だと主張できる人が何人いるでしょうか。公職選挙違反だと言っている人は、10%とか49%の違反の可能性を指摘しているだけです。判断は残りの90%と51%の部分で行うものであり、共に違反はないという判断になります。現在斎藤知事の公職選挙法違反を主張している人は、1,000万円賭けてでも主張できる判断かどうか考えてみて下さい。多分主張できる人は殆どいないはずです。実践的な判断力を身に着けるためには投資家のように自分の判断にお金を賭けることが不可欠です。