公選法違反の刑事告発には有権者要件が必要
12月2日、神戸学院大学の上脇博之教授と元東京地検特捜部検事の郷原信郎弁護士が先の兵庫県知事選挙で再選された斎藤元彦知事を公職選挙法違反で兵庫県警と神戸地検に告発したという報道です。告発自体は多くの反斎藤派の存在から予想されていましたから驚きはありませんが、告発者に郷原弁護士が含まれていたのには驚きました。それは、郷原弁護士は私が最も信頼する弁護士だったからです。と言ってもお会いしたことはなく、ネット上で郷原弁護士の見解(論文)を読んでいた関係です。兵庫県知事選の原因となった斎藤知事の「パワハラ・おねだり・公益通報違反」容疑についても、私は最初から多少問題はあっても辞任を迫るほどのものではないとの見解でしたので、郷原弁護士の見解をネットで探しましたがありませんでした。こういう話題性が大きい問題についてこれまで郷原弁護士は早い段階で自分の見解を表明していましたので、無いのは不思議でした。それが今回告発されたPR会社merchuの折田楓社長がnoteに「斎藤知事再選のSNS戦略を企画実行したのは当社です」という趣旨の投稿後ヤフーニュースに、斎藤知事の疑惑についての見解と共に斎藤知事は公職選挙法違反が濃厚という見解が掲載されました。斎藤知事の疑惑については、
・パワハラ 辞職するようなレベルのものではない。
・おねだり 儀礼の範囲を著しく超える程悪質とは言えない
・公益通報の取扱 通報内容が公益通報の要件を満たしていないので問題ない
という見解であり、ほぼ私の見解と同じでした。ところが最後に公職選挙法違反(買収)の容疑が濃厚としており驚きました。根拠は折田氏のnoteの投稿のみであり、この時点では715,000円の支払いも明らかになっていませんでした。買収とされるためには最低金銭の支払いが必要であり、まだ金銭の支払いの事実も明らかになっていないのに「公職選挙法違反の容疑が濃厚」というのは拙速過ぎます。これまで郷原弁護士の見解は証拠を緻密に積み上げていたのが特徴であり、今回のように一方当事者の主張のみで判断することはありませんでした。郷原弁護士は東大理学部出身ということもあって、私は「さすが理系出身者、エビデンス主義が徹底している」と感心したものでした。これが今回はエビデンスなしで嫌疑濃厚としています。これは「パワハラ・おねだり・公益通報違反」の背景にあった斎藤追い落としの企てと似たものが感じられます。
刑事告発の理由にはnoteの投稿の他には買収金額が715,000円となっているだけで、新たな証拠は何もありません。これなら県警や地検も知っていることですから、わざわざ告発する必要はないと思われます。こんなこと検察出身の郷原弁護士なら重々承知のはずです。
こう考えると郷原弁護士の今回の告発は折田氏について言われた「承認欲求の表れ」としか思えません。郷原弁護士の今回の告発に疑問を抱く人は多く、NHK党の立花孝志党首と東京都知事選に立候補した医師でもある石丸幸人弁護士が虚偽告発として郷原弁護士を刑事告発しました。また冒険弁護士として知られる福永活也弁護士もこの告発に疑義を持ち郷原弁護士とリハック(you-cube)で対談(対決)しました。その中のやり取りを見ると(よろずニュースより)
郷原氏「全然疑惑は解明されていない。少なくとも代理人弁護士の説明、斎藤知事は何の説明もしていない。そんなことで終わらせていいのかということもあって、これだけの犯罪の嫌疑があるんじゃないかということを告発状で表現して、提出したということ」
福永氏「有罪の証拠も何もないけれども、説明が不十分だからもうちょっと説明してくださいという趣旨であれば僕も何も違和感ないですけど、郷原さんは終始、買収罪が成立するという主旨でずっと会見開いたりいろんなところで発信しているじゃないですか」
郷原氏「有罪判決が得られるだけの証拠があるんだったら、捜査は必要ないじゃないですか」
福永「(女性社長の)選挙運動にあたる具体的な事実は何ですか」
郷原「「具体的な選挙運動にあたる事実について、私は捜査をしたり証拠収集したり立場になく、少なくとも告発の前に何も資料を持っていません。そこから言えることを言っているまでです」
福永氏「結局、具体的な(女性社長の選挙運動にあたる)対応は何も明らかになっていない状態で告発されたんですね」
郷原氏「ここに書いてることしか私は知らないし、それに基づいてこういう事実が認定できるんじゃないか、法適用できるんじゃないかという意見を書いているだけ。その意見に対して、反対意見があればどうぞ言ってくださいといって、きょうも話をしてるわけじゃないですか」
2人の意見の対立点は、福永弁護士が「告発するには有罪である証拠が必要ではないか」という主張に対し、郷原弁護士は「告発には制度上有罪となる証拠は必要なく、犯罪の疑いがあれば足りるのだから、告発したことには何も問題ない」という主張にあります。制度上は確かに郷原弁護士の主張の通りのようですが、多くの法曹関係者は郷原弁護士に対して福沢弁護士が主張する姿勢を期待していたように思われます。検事出身の弁護士(ヤメ検)で優秀な人は見かけませんが、それは検察官時代に証拠収集は警察任せ、自分は国家権力を威光に裁量的起訴権を行使するだけなのに優秀だと勘違いしているところに原因があります。郷原弁護士もこのヤメ検の1人だったようです。今回の告発は単に目立ちたがっただけという印象です。
そもそも郷原弁護士は東京在住であり、兵庫知事選の選挙権はなく斎藤知事の公職選挙違反を告発しても何の利益もありません。公職選挙法は選挙の公正が保護法益だと思われますが、兵庫知事選の場合保護の対象は兵庫県の有権者であり、その他の地域の有権者は入りません。民事訴訟なら原告適格がないとして門前払いされます。
もう1人の告発者である神戸学院大学の上脇博之教授は告発の常連であり、いわば告発屋とも言える人です。警察や検察は多忙であり、特に最近検察は人手不足のせいか本来なら起訴すべき事件も不起訴処分にしています。こんな状態で今回のような告発の濫用を防ぐため、告発には下記のような要件の充足が必要とすべきだと思われます。
- 告発は原則100人以上の連名で行う必要がある。
- 告発者は法律の保護対象者であることが必要。
例えば選挙区における公職選挙違反の場合、法律の保護対象者は選挙区の有権者であり、当該有権者のみが告発できる(有権者要件)
3.公職選挙法違反の場合告発には、違反行為が文書化され違反が明確なことが必要。SNSのような公職選挙法が想定していない選挙手段については、違反行為が具体化文書化され候補者に頒布されている場合のみ告発できる(違反行為の認定を警察検察に委ねることはできない。)
今回の公職選挙法違反容疑の場合、例え違反(買収)とされてもこれによる不正票はせいぜい4,5票(社長と社員)であり選挙結果に影響を及ぼさないこと、今回の選挙が日本の選挙史に残る民意が問われた選挙であったことを考えると、斎藤知事を失脚させるべきではないし、(結果は見えているのだから)捜査に着手するべきでもない(告発不受理)と思われます。