球磨川洪水訴訟の争点は蒲島知事の川辺川ダム中止判断

2020年7月の球磨川大洪水(69人の死者行方不明者が発生)で親族の住民が死亡したのは、熊本県が適切な洪水対策を実施せず、人吉市が非難指示を十分に行わなかったことが原因として、住民の遺族が熊本県と人吉市に対し約2,900万円の損害賠償を求める訴訟を提起したという報道です。訴状では20年7月4日、人吉市内のアパートに住んでいた住民は、アパートに球磨川支流の御溝川が氾濫して水が流れ込んだため避難しようとして流されて亡くなったが、県は球磨川支流の適切な堤防整備をせず、市は球磨川について避難指示を防災無線で1回流しただけだったため、住民は支流について氾濫危険が高まっているとのの認識がなかったのが死亡の原因であり、熊本県と人吉市に責任があるとしています。

私はこの報道を見て「やっときたか」と思いました。と言うのは、球磨川大洪水で多くの死者行方不明者が出たのは、蒲島知事の川辺川ダム建設中止判断が最大の原因であり、訴訟が提起されて当然と考えていたからです。

川辺川ダム建設計画は1965年(昭和40年)の球磨川豪雨を受け、翌年建設省が発表しています。完成予定は1976年でしたが、反対運動により本体工事に着工できず2008年度まで延期されました。反対理由は主に3つ(環境・水利・補償)に分けられるようですが、最大のものはダムが自然環境を破壊すると言うことでした。

反対派は国土交通省が見積もった計画高水流量(川に流れ込む雨水量の予測値)が過大であるとし、想定される雨量は森林整備や堤防改修などで治水でき、ダムを造れば放水で返って洪水を招くと主張しました。一方国土交通省は計画高水流量について過去の降雨量や洪水量、地形などを分析したデータを提示してダムの必要性を主張しました。ダムの放水による洪水についてはその可能性は認め、ダムと合わせて堤防の増強や河岸補強を実施するとしました。また森林整備による治水については、森林整備だけで洪水を防止することは不可能という判断を示しました。

これを見ると結果的には国土交通省の主張通りになっていることが分かります。国土交通省もたくさんの候補の中から川辺川ダムを選定しており、主張は綿密なデータに基づいていたことが伺えます。従って素人が科学的にこの主張を覆すのは殆ど不可能と言えます。

こういう状況の中2008年3月蒲島知事が就任します。蒲島知事は川辺川ダムの必要性を検証する有識者会議を設置します。有識者会議は8回の会議を経て報告書 まとめますが、報告書では川辺川ダムによる治水対策について「地球温暖化を踏まえ、抜本的にはダムによる治水対策が有力な選択肢」としつつも、「現行の計画の見直しも必要」とし、委員会としての明確な判断は示しませんでした。

その後2008年9月の県議会において蒲島知事は、「住民のニーズに求めうる『ダムによらない治水』のための検討を極限まで追求すべき」として、現行計画を白紙撤回するとの判断を表明しました。この表明の前に当時の球磨村村長と人吉市長がダム建設への反対を表明しており、蒲島知事と平仄を合わせていたように思われます。蒲島知事の判断には、この9月初めに民主党政権が川辺川ダムと同じ頃計画され遅々として進まない代表例とされた群馬県八ッ場ダムの中止を決定したことも影響していると思われますが、蒲島知事は就任前から就任後6カ月でこの問題に結論を出すと言明していたことから、蒲島知事の中では知事就任前から川辺川ダム中止で固まっていたと思われます。でないと6カ月で結論を出せる問題ではありません。

川辺川ダム建設か中止かの判断は、ダムが無くても球磨川流域住民の生命財産を守れるか否かが最も重要な判断基準であり、中止の判断には守れることの根拠が示されている必要があります。しかし蒲島知事は中止の根拠を民意に求め、これに触れていません。蒲島知事の判断理由については、川辺川利水訴訟弁護団弁護士の文書に要約されています。

「蒲島知事は、反対の理由のなかで、ダム事業の根拠となってきた流域住民の生命、財産を守るという点について、洪水対策は建物など個人、公共財産ばかりでなく、「球磨川そのものが守るべき宝」と指摘した。そして、ダムによる治水の最大受益地となる人吉市長が計画の白紙撤回を求めたことを踏まえて、「全国一律の価値基準でなく、地域独自の価値観を尊重することが幸福量の増大につながる」という考えを明らかにし、「過去の民意はダムによる治水を望んだが、現在の民意は球磨川を守っていくこと選択していると思う」とした。」

この蒲島知事の誤った判断が2020年7月の球磨川大洪水で67名の死者行方不明者が出ることになった最大の原因です。川辺川ダムの必要性を判断するには①ダムが無くても住民の生命財産は守れるか②財政的に可能か③球磨川流域住民の民意はどこにあるか、の順番で判断していくことが必要であり、そのため判断権は科学的知見を収集できる立場にある知事に与えられています(議会や住民には与えられていない)。

蒲島知事がこの判断基準が分かっていなかったことが川辺川ダム中止に至った最大の原因です。球磨川大洪水による被害は知事の誤判断によって生じた被害としては日本の歴史上最大のものであり、今後の教訓にするためにも裁判で検証されることは大変有意義です。これについては今回の訴訟の訴因にはなっていないようですが、集団訴訟になれば当然加わってくると思われます。球磨川大洪水による被害発生後蒲島知事は川辺川ダムの建設再開に転換しており、中止の判断が間違っていたことを認めています。例え蒲島知事の判断ミスが認定されても県の機関としての知事の決定(個人的な判断ではない)であり、蒲島知事が個人的に損害賠償義務を負うことはありません(県が負う)から、この点心配不要です。

尚蒲島知事の川辺川ダム中止判断は、業務上過失致死傷罪で告訴告発されていてもおかしくありませんでした。