球磨川洪水訴訟には多くの被害者が参加を

昨年12月、2020年7月の球磨川大洪水(69人の死者行方不明者が発生)の被害者遺族が熊本県と人吉市に対し約2,900万円の損害賠償を求める訴訟を提起しました。訴状によると2020年7月4日、人吉市内のアパートに住んでいた被害者は、アパートに球磨川支流の御溝川が氾濫して水が流れ込んだため避難しようとして流されて亡くなりましたが、この原因は、県が球磨川支流に適切な堤防整備をしなかったこと、人吉市が球磨川については防災無線で避難指示を1回流したが御溝川について何も触れなかったことにあり、熊本県と人吉市に責任があるとしています。

球磨川大洪水はかってない大雨が根本原因ですが、蒲島知事が2009年に川辺川ダム建設計画を中止にしたことも大きな原因となっています。京都大学の調査では仮に川辺川ダムが計画通りに建設されていた場合、氾濫を避けることは不可能でも市内中心部に溢れ出る水量を一割以下に抑えられたであろうと試算していますから、川辺川ダム建設計画中止判断に大きな責任があると言えます。

川辺川ダム建設計画は1965年(昭和40年)の球磨川豪雨を受け、翌年建設省が発表しています。完成予定は1976年でしたが、反対運動により本体工事に着工できず2008年まで延期されました。反対理由は主に3つ(環境・水利・補償)ですが、最大のものは環境問題(ダムが自然を破壊するという主張)でした。

反対派は国土交通省が見積もった計画高水流量(川に流れ込む雨水量の予測値)が過大であるとし、想定される雨量は森林整備や堤防改修などで治水でき、ダムを造れば放水で返って洪水を招くと主張しました。一方国土交通省は計画高水流量について過去の降雨量や洪水量、地形などを分析したデータを提示してダムの必要性を主張しました。ダムの放水による洪水についてはその可能性は認め、ダムと合わせて堤防の増強や河岸補強を実施するとしました。また森林整備による治水については、森林整備だけで洪水を防止することは不可能という判断を示しました。

これを見ると結果的には国土交通省の主張通りになっていることが分かります。国土交通省もたくさんの候補の中から川辺川ダムを選定しており、主張は綿密なデータに基づいていたことが伺えます。従って素人が科学的にこの主張を覆すのは不可能と言えます。

こういう状況の中2008年3月蒲島知事が就任します。蒲島知事は川辺川ダムの必要性を検証する有識者会議を設置します。有識者会議は8回の会議を経て報告書 まとめますが、報告書では川辺川ダムによる治水対策について「地球温暖化を踏まえ、抜本的にはダムによる治水対策が有力な選択肢」としつつも、「現行の計画の見直しも必要」とし、委員会としての明確な判断は示しませんでした。

その後2008年9月の県議会において蒲島知事は、「住民のニーズに求めうる『ダムによらない治水』のための検討を極限まで追求すべき」として、現行計画を白紙撤回するとの判断を表明しました。この表明の前に当時の球磨村村長と人吉市長がダム建設への反対を表明しており、蒲島知事と平仄を合わせていたように思われます。

川辺川ダム建設か中止かの判断は、ダムが無くても球磨川流域住民の生命財産を守れるか否かが最も重要な判断基準であり、中止の判断にはダムが無くても守れることの根拠が示されている必要があります。しかし蒲島知事は中止の根拠を民意に求め、これに触れていません。川辺川利水訴訟弁護団弁護士の文書には、川島知事の判断理由が次のように書かれています。

「蒲島知事は、反対の理由のなかで、ダム事業の根拠となってきた流域住民の生命、財産を守るという点について、洪水対策は建物など個人、公共財産ばかりでなく、「球磨川そのものが守るべき宝」と指摘した。そして、ダムによる治水の最大受益地となる人吉市長が計画の白紙撤回を求めたことを踏まえて、「全国一律の価値基準でなく、地域独自の価値観を尊重することが幸福量の増大につながる」という考えを明らかにし、「過去の民意はダムによる治水を望んだが、現在の民意は球磨川を守っていくこと選択していると思う」とした。」

この蒲島知事の誤った判断が2020年7月の球磨川大洪水で67名の死者行方不明者が出ることになった最大の原因です。ダムが無くても住民の生命財産は守れるかの判断は、科学的知見が不十分な住民には不可能であり、そのため科学的知見を収集できる立場にある知事に与えられています(議会や住民には与えられていない)。蒲島知事がこのことを理解せず、一部の盲目的かつ過激な主張に迎合したことが歴史に残る誤った判断の原因と思われます。

球磨川大洪水発生後蒲島知事は速やかに川辺川ダム建設計画の再開に動いており、蒲島知事も中止判断が間違っていたことを認めています(これを見ると蒲島知事は悪い人ではないことが分かる)。球磨川洪水訴訟には遺族ばかりでなく家屋などの物的被害を受けられた方も参加し、このような誤った判断が再びなされないようにすることが望まれます。尚、蒲島知事の判断は行政機関としての判断であり、蒲島知事個人が損害賠償義務を負うことはありません。