公選法違反で告発できるのは選挙結果が変わる場合のみ
2月10日、去年7月の東京都知事選挙に立候補した石丸伸二氏の陣営が選挙期間中に集会のライブ配信をした業者に97万円余りを支出したことについて、市民団体が公職選挙法違反の買収にあたる疑いがあるとして石丸氏を東京地検に告発したという報道です。石丸氏の選挙陣営は選挙期間中に集会をライブで配信することを企画し業者に発注しましたが、その後陣営内で公職選挙法違反にあたる懸念があるという声が出て発注をキャンセルしたようです。しかし直前であったため業者はすでに撮影機材の手配が済んでいたことからキャンセル料として発注した額と同額を支払ったようです。そのため業者は集会のライブ配信を行ったということです。
告発状では、支出の一部には人件費が含まれている疑いがあり、公職選挙法が禁じる報酬の支払い(買収)にあたると主張しています。
昨年11月に行われた兵庫県知事選挙に関しても同じような告発が行われています。あの場合の告発理由はPR会社に支払った715,000円が買収に当たるということでした。この2つのケースを見ると公職選挙法がおかしな法律になっていることが分かります。選挙は民意を問うのが目的ですが、この2つの選挙では既に民意は出ており、例え公職選挙法に違反していたとしても選挙結果に全く影響しません。斎藤陣営の支払いが買収だとしてもこれで買収された票はせいぜい4,5票です。それにPR会社社長は落選確率100%の状態で引き受けており熱烈な斎藤支持者です。支持者を買収するなどあり得るのでしょうか。石上氏の場合も買収だとしてもせいぜい数票でしょうし、石上氏は落選していますから公職選挙法違反になっても意味がありません。今後選挙に立候補できなくすることが目的なら別ですが。公職選挙法の最大の目的は選挙結果が不正な選挙運動によりゆがめられることを防ぐことであり、選挙結果が変わらないとすれば選挙後公職選挙法違反が明らかになったとしても重要な問題ではないことになります。例えば梅雨の時期によく氾濫する河川に2kmに渡り堤防を作った後その間の10m区間が未買収地だったことが判明して所有者が現状回復を求めて提訴した場合、裁判所は原状回復を認めるでしょうか?恐らく認めないと思われます。出来上がった堤防から得られる利益が現状回復の利益より遥かに大きいからです。兵庫県知知事選挙でも同じことが言えますし、東京都知事選も同じです。これに対して軽微な公職選挙法違反の告発が相次ぐことは、公職選挙法の法益を理解していない有権者が多いか、告発が選挙結果の公正性を狙ったものではなく当選者の追い落としを狙ったものであるためと考えられます。
検察もこのことは分かっていると思われます。検察が公職選挙法違反で現職政治家を起訴するケースがあることから告発が相次いでいるのだと思われますが、検察が現職政治家を起訴するのは、公職選挙法が定める法益(選挙の公平性)を守るためではなく、検察の権益を守るためです。どういう権益かというと、検察人事への不介入(検察の人事は検察で決め政治家の介入は許さない)です。例えば2020年6月に前法務大臣の河井克行衆議院議員が逮捕されましたが、これは河井議員が法務大臣に就任し当時の稲田検事総長に黒川東京高検検事長との交代を迫ったからです。2019年に菅原一秀衆議院議員が有権者にメロンやカニを配ったとして告発されたケースでは、2020年6月検察は不起訴処分にしています(その後2021年2月検察審議会が起訴相当議決を行ったため同年6月東京地検は菅原氏を起訴)。菅原議員に対する取り扱いが検察の公職選挙法に対する基本的態度です(検察審査会の判断が間違っている)。例えば道路交通法のスピード違反で反則切符を切られるのは、法定速度を著しくオーバーした場合のみ(40km制限の道で45km以上)です。道路交通法の法益は交通秩序の維持であり、法律を字句通り守らせることではありません。
こう考えれば公職選挙法には、軽微な違反行為で民意の結果(選挙結果)をひっくり返す効果(公民権停止で失職させる)は与えられていないと考えるべきです。従って斎藤氏や石上氏のケースは公職選挙法が問題にするケースではないと言えます。公職選挙法を機能させるためには、違反とされている選挙運動を見かけたらそのときに警告通報することが必要です。選挙では候補者の公約や主張が有権者にくまなく届くことが重要であり、現代においてSNSやネットによるライブ配信を制約することは、公職選挙法が実現しようとする民主主義の理念に違反します。市民団体が告発理由としている「SNSでの動画配信を伴う選挙運動が一般的になるなかで、報酬の支払いの是非について司法当局に判断してもらいたい」というのは、民主主義の内容と範囲を司法当局の決定に委ねるものであり、民主主義の自殺行為と言えます。