日産の再建はいすゞを手本にすればよい
日産が3月11日の取締役会で内田社長の交代を決めるという報道です。内田社長は2月13日の第三四半期決算記者会見で退任を示唆していましたから当然の流れです。それよりも後任候補が前北米事業責任者で現CFOのパパン氏、欧州事業などの責任者を務めるカルティエ氏、商品企画の高責任者を務めるエスピノーサ氏と言うのでは笑い話にしか聞こえません。というのは、3人は内田社長と並び日産の業績不振の責任を負う立場の人だからです。共にルノーの影響下にあり、業務執行にルノーの意向が強く反映されます。ルノーが日産を統合するというのなら有りだと思われますが、ホンダとの統合交渉に関するルノーの声明を見ると、ルノーはステークホルダー(利害関係者)に徹しており、もう日産と統合する気はなさそうです。ならば暫定的であってもこの3人のCEO就任はあり得ません。新たなCEOが6月の株主総会までには選任されるでしょうから、ここは生産部門の責任者であり、日産社内で内田社長より影響力が強いと言われる坂本副社長が暫定CEOに就任するのが良いと思われます。そして新社長CEOには元日産専務で現在鴻海精密工業(鴻海)のCSO(最高戦略責任者)を務める関潤氏を招聘するのがベストです。もちろんこれは鴻海との提携を意図したものではなく、日産OBとして日産をよく知る関氏に日産再建を託そうとするものです。それは関氏も十分心得ていますし、鴻海も将来的な展望を考えて了承します。報道では新社長でホンダとの経営統合を再始動すると言われていますが、それは無いと思います。先ずは日産単独での生き残り、再建を目指すことになります。2024年度の日産の販売台数は約335万台と決して少なくありませんから、黒字化することは可能ですし、10年くらいならやっていけます。黒字体質にさえすれば、ホンダとの対等統合も可能となりますし、相手は他にも出てきます。
問題はどうやって再建を図るかですが、いすゞ自動車(いすゞ)の再建を手本にすれば良いと考えられます。と言うのは、日産といすゞは1990年代に共に経営危機に陥りながらその後奇跡的再建を果たした代表的企業だからです。経営危機に陥ったのはいすゞが早く1990年代初めでした。バブル崩壊によりトラックが売れなくなり、一挙に経営危機が表面化しました。同じトラックメーカーでも日野自動車や三菱自動車は大丈夫で、なぜいすゞだけ経営危機になったかというと、いすゞは乗用車事業に乗り出し、トラックで得た利益を乗用車事業に注ぎ込んでおり、財政的にギリギリでやっていたからです。いすゞの社内でも乗用車事業を続けたらトラック事業もダメになると声は多かったのですが、多額の投資を行って来ておりこれを止める決断ができる経営者がいなかったのです。いすゞも作家清水一行の「重役室」という小説の舞台になるくらい役員の権力闘争が激しい会社で、日産と似た体質でした。この危機に際していすゞは、取引銀行の第一勧業銀行や日本興業銀行、取引先の伊藤忠商事、提携先のGMなどの支援を得るため、乗用車からの撤退、従業員数千人の整理、賃下げなどを内容とする再建計画を作成します。再建計画が認められた結果、銀行団は貸付金を資本金に振り替える、伊藤忠商事・三菱商事・GMなどは増資に応じるなどの財政的支援を行い再建に向け歩き出しました。この場合最初の3年間は合理化で毎日社員が去っていく日々だったでしょうし、もともと安い給料が2割、3割カットされ社員の生活は底を這うレベルだったと想像されます。それがやっと明るい兆しが見え始めたのは5年を過ぎたあたりからではないでしょうか。再建できると確信を持ったのは10年を過ぎてからだと思われます。そして今のような優良企業の体質が出来上がった2010年以降でしょうから、いすゞの再建には約20年の月日が掛かっていると考えられます。
一方日産は1998年に経営危機が表面化しますが、翌年の1999年にはルノーの出資(約6,400億円)を得て鎮静化します。そしてルノー副社長のカルロス・ゴーン氏が社長に就任し、有名な「リバイバルプラン」を実行します。これは一挙に日産を黒字レベルまで縮小する合理化策であり、多くの工場の閉鎖、取引先の整理縮小、従業員の大幅な削減(約2万人)が行われました。たぶんいすゞが5年かけてやった合理化を2年でやったのではないでしょうか。そのため回復も早く一時約2兆円あった有利子負債を2003年には完済したとなっています。恐るべき実行力です。そしてその後日産は約300万台だった販売台数を2017年には577万台まで伸ばして、過去最高の利益(経常利益約8,647億円)を計上します。ゴーン氏について2018年の逮捕(司法取引を初めて使った実績作りのための検察の暴挙で冤罪)後日産の経営悪化の原因を作ったように言われていますが、ゴーン氏が経営していた時代に販売台数は約2倍に伸び、利益は過去最高に達しているのですから、批判は的外れです。ゴーン氏の右腕として北米販売を大きく伸ばしたムニョス北米販売責任者はゴーン逮捕後韓国ヒョンデの国際販売責任者にスカウトされ、ヒョウデを販売台数世界3位に押し上げた功績で昨年ヒョウデ初の外国人CEOに就任しています。ゴーン氏の人を見る目の確かさが分かります。こんな日産がゴーン氏逮捕後1998年以前の日本人経営者路線に戻り、販売台数は約577万台から約335万台へとその頃の台数まで落ち、利益もその頃の危機的水準まで落ちています。
一方いすゞはと言うと売上高は経営危機当時の約1兆円から約3兆4,000億円に伸び、利益は3,000億円を超えています(2024年3月期)。なぜ両社にこのような差が生じたかというと、日産はゴーン氏と彼が連れてきた幹部数人で再建計画を作成し、日産社員は彼らから指示されたこと(コミットメント)を忠実に実行するだったのに対し、いすゞの場合はゴーン氏のようなカリスマ経営者はおらず、銀行などから来ている支援者といすゞプロパーの経営幹部および管理職が議論にして再建計画を作成し、それを社員が歯を食いしばりながら実行し再建したというプロセスの違いのように思われます。この結果日産はゴーン氏と彼が連れてきた幹部がいなくなったら元通りになりましたが、いすゞは社員全員が塗炭の苦しみを共有していることから元に戻ることはありません。
日産がこれから日産出身者が中心となって再建を目指すとすれば、いすゞは良い手本になると思われます。