TSMC米国に15兆円投資でラピダスは存続不可能
3月3日アメリカのトランプ大統領は、世界最大の半導体受託生産メーカーである台湾のTSMCが米国に1,000億ドル(約15兆円)を新たに投資すると発表しました。アリゾナ州ですでに稼働しているTSMCの半導体製造工場1つと建設中の2つに加え、新たに先端工場3つを建設するということです。
現在世界で生産されている最先端の半導体は線幅3nmですが、この大手顧客はApple、NVIDIA、Qualcomm、AMDなど米国企業です。そしてその全ての企業がTSMCに発注していると言われています。3nm半導体の生産に成功しているのはTSMC以外にも韓国のサムスン電子があるのですが、サムスン電子には発注がないようです。それは製品の歩留まり率(不良品発生率)でTSMCとサムスン電子では相当差があり、これらの発注企業が安心して発注できるのはTSMCだけのようです。
これまでこれらの発注企業は台湾にあるTSMCの工場で作られた3nm半導体を輸入して来ましたが、コロナによる物流混乱や台湾と中国との軍事的緊張から安定的調達に不安が生じました。そのため米国政府は経済安全保障の見地から、これらの発注企業は安定調達の見地からTSMCに米国内に工場を作るよう要請しました。その結果TSMCは米国アリゾナ州に3nm半導体の製造工場建設を決断し、現在製造に漕ぎつけました。操業開始に当たっては台湾から2,000人以上の従業員を応援に派遣しているということであり、米国での生産には相当の困難を伴うようです。実際TSMCに対抗するためテキサス州に工場を建設しているサムスン電子は建屋完成後製造設備の搬入を停止していると言われています。この理由は顧客が確保できないからと言われていますが、それだけではなく労働慣習や作業者の習熟度、忠誠度なども障害になっているようです。
米国政府は米国企業に先端半導体製造を促しており、インテルに助成金を出して先端半導体の受託生産に進出させましたが、インテルは製造が上手く行かず顧客の確保がままならならないとして昨年2兆5,000億円に上る減損を計上しリストラに乗り出しました。この結果オハイオ州に280億ドルを投じて半導体製造工場を建設する計画を予定より5年遅らせ2030年の竣工とすると発表しています。
このようなライバルの動向を見ると先端半導体はTSMCの1社独占供給体制となりそうです。米国にとっては米国内で製造してくれれば外国企業でも問題ありません。TSMCは半導体を各国が経済安全保障にかかわる製品として自国生産する戦略を取り始めたことから、顧客の国で生産する体制を構築しています。顧客であるソニーが工場を持つ熊本に工場を作ったのもその一環です。熊本工場では今後需要が増加すると予想されるトヨタなどの自動車メーカーへの納入も想定しています。熊本第1工場はソニー向けに台湾工場で製造していたロジック半導体の製造ラインを移管したものであり、半導体の種類としては旧来の製品と言われています。一方今年建設にかかる第2工場では先端領域に入る5~6nm半導体を製造するようですが、これはソニー熊本第2工場の建設と連動しておりソニーの第2工場で製造されるCMOSセンサー向けと考えられます。このようにTSMCの工場建設は顧客の生産計画や製品計画と連動しているのが特徴ですが、これはTSMCばかりでなく受託生産企業の鉄則のようです。
日本ではラピダスが2nm半導体の製造を目指して工場建設を始めていますが、TSMCが米国に約15兆円の投資を決めたことで、ラピダスの目論見は完全に潰えたように思われます。そもそもTSMCとサムソン電子という半導体受託生産企業トップ2社が争う先端半導体の受託生産事業に全く半導体の生産実績のない企業が新規に乗り出すことが荒唐無稽の企てです。なぜこれに踏み出せたかというと経産省が資金的バックアップを約束したからです。既に約9,200億円の補助金を支出していますし、今の国会に出資、国債を使った資金供給、ラピダスの銀行借入に政府保証を付けることを可能とする法案を提出しています。ラピダスが失敗する根拠はたくさんありますが、成功する根拠は全く提示されていません。そのためまともな思考力を有する国会議員なら承認できるはずがないと思われます。もしこの法案が成立したら日本は終わっていると言えます。
TSMCが米国に約15兆円を投じて新たに3つの工場を作り、合計6つの工場を運営する以上、ラピダスが米国の顧客から採算に合う大量生産レベルの発注を獲得することは不可能であり(その前に安定的生産も不可能だが)、ラピダスプロジェクトは今すぐ中止すべきです(経産省傘下の半導体製造技術研究所への組織替えが考えられる)。